【殺す木⑱】エンドロール
『●●村村長候補呪殺事件』は主犯と目されていた理胆さんも呪殺され、一族郎党道を道連れにするような形となって結末を迎えた。
あの日の夜明け、僕は膵華を助ける一心で救急と警察に通報したけれど、結局隣町の警察署に連行されて無精髭がセンチに届くくらいの間取調べを受けた。警察というのは思いの外とことん詰めてきて、
「君は詐欺師の息子だからなあ」
と、ごもっともなことも言われた。結局僕は隠し通そうと思っていた鞠緒の存在を吐かざるを得なく、鞠緒も警察署に連行された。が、これが功を成した。
鞠緒が拘束されるなや否や『
「繭ちゃんのボーイフレンドって訳ね。それはそれはご愁傷様、色んな意味で。はは、友人割引で今日の午後にはここから解放してあげるから」
と、愉快に話して、まさに有限実話、僕は何の前触れの無く急に警察署から解放された。
それから僕と鞠緒は警察署の近くにある古風な喫茶店で落ち合った。
「私のことを警察に吐いたのは正しい選択ですよ。そのお陰で巳飾刑事が動いたのですから。ただ……私を守ろうと数日間も『鞠緒繭』の名を噤んだのは男らしさを感じました。キュンキュンです」
ヴィンテージな机を挟んで僕の対面に座る鞠緒。コーヒーカップをコースターから離しながら僕を困らせることを言う。
「いやまぁ一応……ね。それよりもさ、あの巳飾って公安の人、何者なの? 取調べであんなに怖かった強面の刑事が腫れ物触るみたいに接してたけど」
「あの人は私の地元にいた元駐在さんで、幼い頃は色々とお世話になって。その時のご縁があって庇ってくれたのです」
このタイミングでウェイトレスがパンケーキを運んできて、机に置かれた甘い塊を鞠緒はフォークとナイフで奏でるように切り込みを入れていく。
「駐在から公安に出世って鰻登りにも程があるくらいの大出世だなぁ」
「あの村の駐在さんでしたからね……優秀というかマッドというか……まぁまぁ、それは置いておいて膵華さんですよ。あの後、大丈夫だったのでしょうか?」
「膵華ね……あの後病院に搬送されたって。今は入院してるみたいで、さっき病院に連絡してみたんだけど面会は謝絶だって」
「そうでしたか。あの惨劇を、それも家族がみんな一斉にあんな死に方をしたら、15歳の彼女にとってはあまりにも重いですね」
そう言って、鞠緒はブロックになったパンケーキを口に運んだ。
「そう。早くお見舞いに行きたいんだけれど……」
「葉山さんだって、死んでしまった人たちはバイトとはいえ同じ時を過ごした人たちですよね? 大丈夫なのですか? 精神的に」
鞠緒にそう訊かれて、僕は自分の心の中を探ってみるけれど喜怒哀楽に当て嵌まるような形容できる感情が無い。
「そうだね……何と言うか、麻衣花さんの時に比べると平坦というか、僕は古宮家の人たちをどこか曰く付きな目で見ていたところがあって、あんなに惨い死に様を見ても耐え切れてしまってる」
鞠緒はコーヒーを啜りながら僕の返答に目を大きくして、摘んでいたコーヒーカップをカチャリと下ろした。
「経験を経て、心が広くなったのですね。葉山さんは」
鞠緒はよく分からないことを言った。
「え、どういうこと?」
鞠緒はコーヒーカップを机の中心にトンと置いて話し出す。
「水というのは小さい匣の中ではこの様にフーと吹くと少しの風でも波立ってしまいます」
そう言ってコーヒーの表面に優しく息を吹きかける鞠緒。
「けれど、匣の容量が大きくなれば少しの風程度では波立つことは無いですよね。つまり葉山さんの心は風が吹いたくらいでは波立たたなくなったってことですよ」
そう言われても別段嬉しい気持ちは湧いてこない。
「なんかそれって——僕があの虐殺を見ても何も思わないサイコパスみたいで嫌だなあ」
「それは“サイコパス”という言葉が悪いです。匣の容量が大きくなるということは人の死に左右されないということ。つまり合理的な判断が出来るようになったということです。それは生物的にも優れた、ある意味では“進化”なのだと私は思ってますが」
「でも……それが進化なのだとして、人類みんながそうなってしまったら、世界の在り方が変わってしまうよ」
「人が人の死を気にしなくなる——でも、そこに思いやりや優しさは同居していたとしたら、その世界は私にとっては理想郷です。死に左右されず、けれど純粋な愛と合理性は共存する世界……そんな世界を私は“ヒューマンネイチュア”と呼んでます」
「なんか難しいな……鞠緒はそんな世界を目指したいの?」
「いえ、私は思想家でもなければ活動家でも、ましてや革命家になるつもりもありません。あくまで夢みたいなもので、そうなればいいなって。ふふ、なんか恥ずかしいです、こんな話するの」
鞠緒はそう言って、目を逸らすように窓の外を見た。彼女の人間味が垣間見えて、僕は得した気持ちになる。
「そっか。でも、君のことが少し知れた気がして、僕は嬉しいかも」
鞠緒は僕に視線を戻して、不思議そうに訊く。
「私に対して“知りたい”なんて感情を抱いてくれるのですか?」
「え、まぁ何というか、僕らって一緒に修羅場を潜り抜けている割にはお互いのこと知らなくない? だからもっと“知りたい”って思うのは普通かなーって」
「そんな風に思ってくれていたのなら、もっと気軽に電話を掛けてくれたりとか、して下さればいいのに。葉山さんは物騒な話の時だけ私に電話をしてきますもん」
「それは……君がそう言う話が好きで、そういう話題しか受け付けてくれないかと思って」
「勿論好きは好きですけど、暇電とか、そういうのにも憧れます。何なら——モーニングコールを掛けてくれたって構いませんよ」
悪戯に笑う鞠緒。僕は返す言葉に迷ってぬるいコーヒーを啜った。
「わかったよ。今度モーニングコールしてみる」
鞠緒は「やったー」とポップに言って、残りのパンケーキを頬張り「ん〜」と至福の数秒を堪能した。
*
●●市警察署——
巳飾姫子は今日発つ東京行きの新幹線の予約を取り消して●●市の警察署に留まった。古宮家で起きた大量不審死事件について好奇心の魔が差したからだ。公安部の上司には
「いやぁ本棚から味見程度で漫画を引っ張り出したつもりが、もうページをめくる手が止まらなくなった感じで。ちょっと色々リスケさせて下さーい!」
と言い残して通話をぶち切り。懲戒解雇だっておかしくない所業だが、好奇心の為なら彼女はそれでも構わないとさえ思っていた。
誰のデスクかも分からないとりあえず空いている席に足を組んで座って、おしるこ缶を啜りながらPCを叩いたり資料を熟読する巳飾。署員から向けられる異端の目なんてのは気にせず、巳飾は公安という立場を悪用して趣味に没頭していた。
「繭ちゃん——時代が時代だったら厄病神として幽閉されてるわね、きっと。まぁ楽しませてくれるから良いんだけどっと」
捜査資料のデータベースを漁り古宮邸から回収された遺体の記録をまじまじと観察する巳飾。潰れた果実の様な遺体が次から次へと映し出されて、変わり映えのない写真の羅列に欠伸が出る。
「はいはいはいはい。こりゃあ“人の呪い”じゃないわね。何百年も熟成させた天然由来の仕業……お!」
【次】を連打する巳飾のクリックが止まった。退屈を吹き飛ばしてくれるような目を引く遺体を見つけたからだ。
「古宮……肺明、めっちゃ木乃伊じゃん」
圧死体の羅列の中では新鮮味のある遺体。茶色に変色して腐り果てたその死骸を見て巳飾は違和感を覚えた。それは木乃伊だからこそ隠れてしまっている猟奇の印。巳飾はそれに気付く。
「ちょっと、左眼がくり抜かれてんじゃん」
*
病棟の看護師たちはその患者の話題で持ちきりだった。話の殆どが彼女を憐れむ声であり、目の前で家族が惨殺されたこと、年齢がまだ15の歳であること、保護者がいないこと、彼女に架せられた現実はあまりにも居た堪れない悪趣味な三文小説の様であった。
そんな彼女が5日間の眠りの末、遂に目覚めた。同じ病室にいた患者からのナースコールがきっかけであったがそもそも昏睡患者の目覚めを他の患者が知らせるという事態は珍しくて、半ば疑問を抱きながら看護師は病室へと駆け付けた。しかし部屋に入る前にはその訳を知った。
廊下まで漏れてくる女の子の叫び声。
獣の様な狂気の雄叫びが病室を震わせていた。
看護師が病室に入るな否や患者:古宮膵華はベッドから起き上がっていて、焦点の定まらない目を震わせて口は半開き、
【
それから古宮膵華の転院が決まった。興奮状態が悪化した彼女は●●市の海沿いにある精神病院へ移され、環境の変化が原因なのか、夜な夜な誰も知らない不気味な手毬唄を口ずさむようになったという。
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