【殺す木⑮】叛逆者

 年に一度、●●村では夏の夜に祭りが開催されて、それは『火匣祭かこうさい』と呼ばれる村一番の大行事だった。


 火匣祭の日には神社の境内に屋台が立ち並んで、古き良き日本の夏を具現化させたような風景が広がる。何よりこの祭が巷で“奇祭”だなんて謳われている所以が『匣流れ』という風習であり、これは古宮団地の土台となっている猛戸山の山頂から始まる祭礼行列で白装束を着た村の男たちが匣を抱えて下山、最後は村の西端にある大窯に匣を放り込んで大火で燃やしてしまうというものだ。祭行行列は松明を持った男たちが匣を抱えた男たちの列を囲い、遠くから見れば燃える百足が山を這っているように見える圧巻の光景だ。


 鞠緒はこの火匣祭こそ死体を大胆に遺棄出来るシステムだと言い放った。


「火匣祭の主催には古宮家がだいぶ噛んでよう様ですからね。例えば女子が生まれたら夏が来るまで冷凍して火匣祭の日が来たらバラして匣に詰め込んでしまい後は大窯という名の火葬場にオートマチックに運ばれる。もしこれが私の妄想に留まらない現実リアルだとしたら、もはや特許を取っても良い画期的な死体遺棄システムです」


 場がどよめいて、分家の人らはラジオドラマでも聴くように鞠緒の話に食い入る。一方宗家の理胆さんも鞠緒の話には動揺をして瞬きの数を増やしながら家系図を眺めていた。もしや理胆さんも宗家には女子が生まれないカラクリを認知していなかったのか。

 

 家系図と鞠緒を交互に何度も見て、口を開く理胆さん。


「証拠も無い戯言だわ」

「そう捉えて頂いても構いません」

「話を戻させてもらうけど、そもそも腸座の狂病とこの家系図が何の関係があるのよ」

「腸座さんが狂ったのは古宮に対して反旗を翻したということですよ。元を辿れば貴方のお父様、腎吉翁が始めた古宮への叛逆はんぎゃく

「はい? 村を何よりも大事に思い、そして古宮の栄華を支えた偉大なる父を反逆者だと愚弄するか!」

「ふふ、むしろ……その確固たる証拠こそ貴方、理胆さんじゃないですか」

「……何?」

「貴方の存在こそ“女子を生かす”という腎吉翁の叛逆の証。皮肉にも“古宮”という家を体現したような貴方こそ、何よりも古宮に反した存在なのです」


 理胆さんは言葉を失って視点の定まらない目で動揺する。屈強な理胆さんが今は取り乱して着物の端を摘んでこねた。


「そして腎吉翁の遺志を継いだのがまさに腸座さんです。そもそも何故次男の腸座さんが当主として選ばれたのか、それは長男の肺明さんが貴方と同じように“古宮”として優秀過ぎたからじゃないでしょうか。為に言い方は悪いですが三兄妹で一番弱い腸座さんを当主にして終焉へのレールを腎吉翁は敷いた」


 理胆さんは冷や汗のようなものを額に滲ませて「肺明のことまで……」と驚愕する。


「腎吉翁の動機を考察するに——人を平気で殺す古宮家というある種のカルトへの対抗、そして何より近親でまぐわう忌々しき一族のを望んだ」


 鞠緒の話はこの推理劇の冒頭へと行き着く。

 草臥れた理胆さんが『近親』というワードに過剰に反応して睨み、膵華は怪訝な表情を浮かべる。恐らく膵華はこれから鞠緒が話そうとしていることに心当たりが無いのだろう。


「こちらの家系図の幹、宗家の当主と子供を授かっている『妻』という存在はまるで濁った池のように不鮮明です。古宮家には妻を秘匿とする風習があって、私は最初、ここまで秘匿にするということは女子と同じく妻を火匣祭に流してしまっているのかと思いました。けれどもさすがに戸籍のある人物がこうもいなくなると警察も黙ってはいられない。——むしろここまで妻の存在を隠すということは誰にも知られたく無い何か如何いかがわしい事実が隠れているのではないか。例えば——この『妻』という存在が実は不老不死の女で、当主は代々母親と子作りをしていた——とか」


 分家の方から「馬鹿馬鹿しい」という野次が飛んできたけれど、鞠緒は「それほどまでに禍々しい仕組みがあれば腎吉翁が滅亡を選ぶのも納得が行くのですよね」と冷静に返す。


「腸座さんはそんな腎吉翁の“ゆるやかな滅亡”を引き継ぎ、強制的に『妻』と性交をさせられないように自らの性器を切断。そして狂ったふりをして脳内の古宮法典を死守し、当主への引き継ぎを断った。そもそも古宮家の礎となる古宮法典が口頭でしか引き継げないというのはあまりにもハイリスクで破綻した伝統。むしろ腎吉翁が古宮法典の在り方を偽ったのではないのかとさえ思えてきました。本来は古宮法典は書物のようなもので、腎吉翁がとうの昔に焼却、古宮法典は口頭でしか伝えられないという偽のしきたりを作り上げたのでは」


 理胆さんは尊敬する父が古宮の叛逆者なのではないかという疑惑に打ちのめされ、震え出した。もはや一族の実質の長という風格が消え、今はプライドをへし折られたただの


 鞠緒の話は脚色がついた妄想の域に近いのに断片的に辻褄が合っていて探偵さながらのお手並みだった。悠々と語る彼女の眼は七宝模様になって、この怪奇ながら説得力のある推理の根源にはあの眼が関わっているのではないか——そんな気にさせる。


 ……君には一体何が視えているんだ?


 そんなことを思っていると唐突に男の声が場を切り裂いた。


「あんたの言う通りだ。さすがは鞠緒是之助の孫娘、冴えてるな」


 知らない声——否、その声質には聞き覚えがあった。


 「理胆姉さん、もう降りよう。そして膵華を——俺の娘を古宮の呪縛から解放してくれ」


 鞠緒が不適な笑みを浮かべて「やっと口を開いてくれましたね」と呟く。


 大広間に突如として現れた声の主、それは車椅子に座る古宮家現当主、古宮腸座その人だった。

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