【殺す木⑬】鞠緒繭、古宮入り
奇しくも鞠緒が古宮邸に到着したのは丑三つ時で、古宮分家の運転手が眼球の館まで鞠緒を迎えに行きUターンで来た。深閑と
黒いドレスを身に纏い魔女の様な、或いは死神か、幽幻に灯る灯籠の道をゆらりと歩いていく。
僕は屋敷の玄関で彼女を出迎えた。
「久しぶり」
薄化粧の清楚な白い顔に気品のある笑みを浮かべて鞠緒は「まさか私を古宮屋敷に招き入れて下さるとは葉山さんはデートがお上手ですね」
と、透き通った声で言った。
鞠緒の背後には古宮分家の運転手が後衛のように立っていて、あまりここで長話ができる雰囲気でも無かったから押されるように僕は鞠緒を古宮邸へ案内した。
大広間の襖を開くと騒々しさがピタリと止まり、古宮家の大一族たちが一斉に鞠緒を見た。怪訝な目、珍しいものを見る目、見惚れるような目、それはそれは様々な意味を孕んだ目が鞠緒を刺すが彼女は冷たい笑顔を浮かべて弾き返す。まるで戦場を突き進む小さな戦車、臆することなる大広間へと足を踏み入れ、洗練された一礼で古宮家の大一族へと介入した。
鞠緒は上座と分家たちの間にある川のような空間の端に立ち、膵華を眺める。鞠緒に目を奪われていた膵華はハッとなって「どうぞ」と促す。ドレスのスカートを丁寧に押さえながら滑らかに正座した鞠緒。僕は成り行きで彼女の斜め後ろに座った。
古宮家に異物が混入したような、異端者の香りが大広間に充満し、鞠緒はこの場の空気を完全に掌握していた。そして、開口一番彼女が放ったのは古宮家にとっては動揺せざる得ないあまりにも禁句でけしからん言葉だった。
「古宮家の皆様……いや、恐るべき近親相姦の一族——とでも言いましょうか。はじめまして。霊媒師の鞠緒繭と申します」
僕はびっくりして思わず声が出そうになる。
騒つく大広間。目を丸くする者、バツが悪そうに顔を俯ける者、何より反応が独特だったのは理胆さんで、一瞬額に青筋が張ったけれどすぐに仮面のような笑顔になって、古宮家の真の代表とでも言わんばかりに汚名を撤回すべく鞠緒を宥める。
「お越しになって早々、実に興味深いお戯れを仰るようですが、この場にはそぐわないかと。それに——あまりにも事実無根なものですから、名誉の毀損とも取れますが」
鞠緒は上品に口元を手で隠して笑い目が線になる。
「ふふふふ、さすがは実質の古宮の長、古宮理胆さん。
理胆さんの目線が僕に向けられる。怒りの矛先が鞠緒から僕にシフトして『なんて女を連れてきた』と、咎められてる気分だ。
「ご乱心なさってるのかしら。世迷い言ばかりでここに来た意味を履き違えてらっしゃるようで。貴方をこの場から退けることなんて容易いのですよ。呪殺事件において何か皆々が一目置く様なことでも一つ、仰ればよろしいのに」
理胆さんも強者だ。鞠緒の追及を上手くいなす。
鞠緒も鞠緒で不気味な笑みを浮かべて一触即発。しかし空気を読んで一旦はこの話題から離れた。
「あら、ではではこのお話は後のお楽しみとさせて頂いて、取り急ぎ呪殺事件の犯人について私なりの推理を致しましたので皆様に共有させて頂きましょう」
全員が鞠緒に集中して服や畳が擦る音が「ガサ」っと、その注目度を表す。まさかこんなにも早く明かされるなんて誰もが思っていなかった。
鞠緒は黒い革製のサイドバックからコピー用紙を3枚取り出して、それを手前の一番近いところにいる古宮分家の人に渡して一通り読んだら周すように促す。
「そちらは村長選に立候補されたお三方の公約です。園田昌雄氏、真鍋明氏、そして古宮理胆さん。それぞれ見比べるとあることが浮かび上がりす」
古宮分家の人らは3枚の用紙を並べたりシャッフルするように見比べたり隣や後ろの人らも巻き込んだ鞠緒が提示した謎を解こうとしていた。
「呪殺された園田氏と真鍋氏にはあって古宮理胆さんには無いもの——それがこの事件を語る上で解くべき結び目」
鞠緒の言葉に一人の分家の男が「これか」と用紙を指でなぞって鞠緒と用紙を交互に見る。周りの人達も興味津々で「あ〜」や「お〜」などの歓声じみたものが上がる。僕は立ち上がって覗きに行きたい気分だけれど、それは膵華や理胆さん、羽賀さん同じようで見える訳も無いのに首を伸ばしていた。
そして最初に気が付いた一人の男が鞠緒に答え合わせをする。
「御三方、似た様な公約も多いが、こうして見比べると一際目立つのは園田氏と真鍋氏の公約にある『猛戸山への■■大学環境水質研究所の設立誘致』か。これは誘致が成功すれば村の金回りもよくなるって、期待する村人も多いと聞いていたが、まぁ我等の“来る者は拒む”の思想においては賛同出来ん公約だ。理胆様は掲げとらん。たしかに呪殺された2人にはあって理胆様には無いものだが、これが一体どうしたと言うんだ」
鞠緒は音の鳴らない程度で拍手を小刻みにして「ご名答です」と安っぽく持ち上げる。
「その『■■大学環境水質研究所』がこの村に建つことで割を食うものがこの呪殺事件の犯人ですよ」
分家の男は人差し指と親指で顎を撫でて「割を食う者って……」と思考を巡らせ、自信無さ気に答える。
「それこそ排他的な思想の我等古宮家……」
分家の男の回答にどよめく大広間、理胆さんと膵華が首を捻って顔を見合わせ、心当たりが無い様子。鞠緒は首を横に振って否定した。
「もっとこう単純に、そこに研究所が建つと困るものですよ。ほら、建つ場所が何処か——です」
「猛戸山……」
「はい。山に研究所が建つということはそこに棲まう動物や草木と云った自然たちが割を食うのです」
「ってことは君は犯人が“人”じゃないというのか」
「ええ。そもそもこれは怪異やら呪いやらの話で一番メジャーな伝奇ですよ。“開発計画を拒む自然たちの怨念”というやつです。私は研究所が建とうとしている場所には何か呪詛の素があるのだと思ってます」
大広間が再びどよめく。これこそ世迷い言じゃないか——と皆々騒いでいたが、一人だけ顔を青白くして目が泳いでいる人物がいた。理胆さんだ。鞠緒はその変化を逃さない。
「あら理胆さん、頭の中で稲妻でも走ったのでしょうか。何か心当たりでもありそうで」
理胆さんは
「昔……本当7歳だか8歳の頃、登校の最中に野生の
理胆さんの語りが場の空気を掌握した。
鞠緒は不適な笑みを浮かべて、胸が躍って顔の皮膚までがしっとり輝き出す。
「どう変って、一見ただの木だわ。でも木の枝の先に実が宿っていて、それをよく見ると人間の“脳”なのよ……」
理胆さんまでもが世迷い言を言い出した——と大広間はいよいよおかしな空気になる。
しかし、それをある意味正したのは鞠緒だった。鞠緒は今までの淑女っぷりを翻すように畳を大胆にべちべちと掌で叩いて、腹を抱えて爆笑しだす。
「ふふふふ、はははは! 棚から牡丹餅とはこのことですね!」
異形を見るような視線が放射線のように鞠緒に降りかかるが、鞠緒は目から溢れた歓喜の涙を人差し指の第二関節で拭って、流暢に説明する
「ふふ、取り乱してすみません。まず前提としてお話しすると、万物には呪詛の力があると言います。昔から『物を大切にしなさい』とかそういう戒めじみた言葉があるのはこれが起源です。ただし万物には人と違って“殺意”というものが無いので粗末に乱暴に扱ったところで決して復讐されることはありません。まあ、それは“殆どの場合”ですが。例外がありまして、それはプールに捨てた時計の部品が水の流れで組み上がるくらいに天文学的な確率ではありますが、時に万物は“殺意を司る器官”を宿すことがあると言います。殺意を宿せば持て余していた呪詛の力を万物は振るうことが出来、例えば椅子や机、野菜や果物が敵意を向ける生物に対して呪詛を掛ける——要は殺すことが出来るのです。その万物に殺意を与える“器官”とは言い伝えでは『人の脳のような形をしている』——と、言われております」
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