幕間: 『集団餓死』霧屋記者
もう動画を何本観たことか。内容が同じならコマ送りにして人が餓死している映像を眺めながら俺はカップ麺を啜っていた。餓死者を視聴して飯を食うなんてのは我ながら動画の向こうの被害者に呪われてもおかしくない鬼畜の所業だと思う。
SDカード一つに対して
俺はSDカードをPCから取り出して、
卓上ライトが俺の周囲だけを照らし、まさに闇に浮かぶ孤島。この事務所は22時を過ぎると自動的に消灯する。マイナー雑誌のルポライターなんて仕事は24時間営業みたいなもんで、この消灯の仕様は“一応労働基準法を遵守してますよ〜”と会社がシラを切ってるみたいで腹が立つ。
腹が立つから俺は事務所で煙草を吸ってやる。『禁煙』の看板は暗闇で見えないからな。
一服しながら俺は一枚の手紙を見直した。これはSDカードが大量に届いた時、箱を開封したら一番上に置いてあった手紙。
——こちらはある村で撮影された映像です。これらにはある仕組みがありました。お分かりになりましたら、回答を記入した上で返信を下さい。正解であれば非通知でお電話を差し上げます。
鞠緒繭——
「このじじい、なめやがって」
俺は手紙をひょいと投げ捨てて、
ルポライターをやっていると、時々読者から情報提供や調査依頼が来ることがある。幽霊が出るトンネルといったオカルト系のやつやバラバラ殺人の新情報といった猟奇系のやつとかだ。今回の物騒な動画たちはまさしく雑誌の読者から来たもので、しかしここまでライターを煽るような、そして挑戦を叩きつけるようなものは初めてだ。俺は苛つきを覚えながらも、この鞠緒繭という輩に辿り着きたい一心でいた。こいつからは他の読者にはない常軌を逸した気配を感じる。ライターの勘がそう言っていた。
結局、動画を飛ばし飛ばしで観ただけでは鞠緒繭の言う“仕組み”とやらは解明出来なくて、俺は仕方なくフルで視聴することにした。まあ苦行ではあったが4本目に突入したあたりで動画に共通するあることに気がついた。
動画内の全ての環境音がそれぞれ同じ時間で聴こえる。しかも秒数まで一致して。
つまり全動画が同時に録画されていたのだ。
動画に映っていた部屋は大勢を収監できるようなスペースは無い個室だ。
同じ日に同じ場所で行われたということは導き出せる答えは一つ……
“アパートみたいな建物を丸々貸し切って、いっぺんにまとめて殺した。つまりこれは集団餓死の動画”
俺はその旨を手紙に書いて鞠緒繭という輩に送った。因みに鞠緒繭の住所を調べたところ転送の手続きがされていて、手紙の送り先の住所は本住所を隠す為のダミーになっていた。ここまでの手が込みようは只者じゃない。尚更鞠緒繭という人物に悔しながらも好奇心が湧く。
手紙を送って暫く日が経つと、書かれた通り携帯に非通知で電話が掛かってきた。俺はこの時ネットカジノでボーナスを賭けた大博打を打っていたが出ざるを得なかった。
「あいあい、霧屋ですが」
「もしもし、鞠緒です」
奇怪なペンネームから探偵小説好きの老紳士を想像していたが電話越しから聞こえたのは透き通った若い女の声。俺は耳を疑った。
「霧屋さん、貴方のお返事、お見事です」
今年で35歳になる俺だが、こいつの声は歳下に思える。
若い声は話を続ける。
「貴方様に是非あの動画の謎を解き明かして頂きたいのです。勿論、推理の材料として私が知り得る情報を提供致しますので」
なるほど、まずは俺の推理力を試す為に問題形式で手紙を送っていたのか。
「まずはあの動画が撮影された場所ですが、あれは●●村で行われたみたいです」
『●●村』というワードを聞いて俺は思わず
「●●村だと!?」
とヒーローが見参した時の悪役みたいな声を上げた。あの村は猟奇事件を追っているルポライター達(俺も含めてだが)にとっては激熱ポイントで話題の村だ。なんせ半年前に述べ30人以上が不審死を遂げて、それがきっかけで人為的な廃村化が進んでいる場所なのだ。今はゴーストタウンならぬ“ゴーストヴィレッジ”になっている。
俺はその村についてあることを思い出した。
これを自分で言うのも難だが、俺はそこそこ有名なライターで調査依頼の案件を鬼太郎の妖怪ポストみたく定期的に貰っている。ある日、郵便入れから溢れるハガキの中に、“●●村に住む大学の友人が失踪してしまって、その捜索をして欲しい”という依頼があった。ちょうど虐殺事件が起きた後に届いていたから気にはしていたが放置気味だったな。なんだっけか、失踪した大学生の名前……そうだ思い出した——
俺はその時、電話の向こうの女が知ってる筈も無いのに、“●●村”という共通のワードだけで不意にこんなことを聞いた——
「あんた“葉山”っていう●●村に住んでた大学生知ってるか?」
なんでこんなことを聞いたかのか自分でも分からない。言った後に後悔したが鞠緒繭という女は思いがけない返答をしてきた。
「葉山さん。ふふ、葉山さんですか。あ〜ご存知なのですね」
まさかの反応に意表を突かれた。彼女の固かった口調は幾分か柔らかくなっていた。
「は、知ってんのか!?」
「ええ」
「そいつはどこにいんだよ」
抱えていた案件の一つが唐突に解決しようとしていた。俺はつい前のめりになって電話越しに問いかける。
すると鞠緒繭という女は冷たい笑いを含めながらこう言った——
「葉山さんなら、きっとあの村にいますよ。今もずっと」
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