第94話:服ろわぬ者(三)
「鬼を殺し続ければ、いつかお前達の友に戻れると願っていた。でもいくらやっても、遠ざかるばかりだ」
「う、うるせえ!」
身悶えの中、酒呑童子の腕が松尾を弾き飛ばす。
「そうだ。結局、お前とささがどうかだ。私は文殊丸を七代先にも許さない。お前も私に、どうして生きているか罵らなければ」
岩の上を四度転がっても、松尾に目立つ傷はない。身についた生きる
「うるせえ。うるせえ」
「ごめんよ外道丸、私はお前に寂しい思いをさせた。戻ってこいと頼んでいいか、共に行くのがいいか。そんなことも教わろうとしている」
また酒呑童子の目の前へ立ち、今度は肩を揺すった。身体ごとぶつかるように、殴りつけるように。
「俺はお前なんか知らねえ。なあイバラ!」
むくり、と。紐で吊る人形の動作で、茨木童子は起き上がる。「ええ、シュテン」と微笑むのは、まるきり人の女のようだが。
「こいつを殺せ」
「はい。シュテン」
にこやかに頷く茨木童子から、死の気配が突き出した。松尾の身体が無意識に躱し、頬の裂けた血の香を嗅ぐ。
戻ろうとする青い腕を掴み、松尾も頷いた。
「分かった。先にささ、それから外道丸だ」
太刀を抜き、腕を突き放す。動きの鈍った茨木童子は、棒立ちの巻き藁に同じ。せめて恐怖や寂しさのないように。死角からの突きを首へ向ける。
「私もすぐに行く」
もう別れることはない、という誓いだったろう。己の言葉に笑む松尾は、少しの力みもなく太刀を振る──
「どっせいぃ!」
なにやら怒声が聞こえたと思うと、薄明るい洞窟が暗転した。ぼうっとする頭を揺すって眼を開けば、張り手の恰好をした金太郎が居る。
腹の巻き布から血を垂らし、今にも途切れそうな息をして。
「斬っていいもんと悪いもんくらい、知ってんだろうが」
苦悶の奥歯で磨り潰したかの声を吐き出し、金太郎は前のめりに倒れた。駆け寄った松尾の呼ぶ声にも、もう答えない。
──まだだ、息はある。
しっかり手当てさえしてやれば、十分に助かるはず。松尾の目にはそう見えた。
それとは別、泣き出す女の姿も映った。
「
へたり込む女を、酒呑童子は抱いて寄せる。聞き覚えのある、ささの本当の名を呼んで。
「もういいや、俺が始末つける。お前は先ぃ行ってろ」
「
しゃくりあげながら「
「ささ!」
金太郎を置いて、追うことはできない。届くはずのない松尾の伸ばした腕を、酒呑童子の指が弾いた。
「ささじゃねえ」
「思い出したのか、外道丸」
「外道丸でもねえ。俺は酒呑童子だ」
嵐の音で、拳が飛ぶ。正確に、膝を突いた松尾の顔面を捉えて。
ふわと宙へ浮き、幾ばくかの先で背を打ちつけた。一瞬、詰まった息が咳となって噴き出す。
「どうした。さっきのほうが痛かったぞ」
噎せながら言ったのは、強がりでなかった。酒呑童子の力が本当に弱まったと感じ、そう思うと体格も縮まって見える。
「お前の声は聞き飽きた。殺してやるから、もう喋るな」
「うん、そうか」
離れた松尾のもとへ、酒呑童子の歩みは遅い。松尾もまた、流れる涙に視界を失った。
互いに手探りの風で歩み寄り、拳を打ち合う。頭一つを見上げるほどとなった赤鬼に、松尾は全力を振るった。
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