第80話:莫逆の友(二)
屋敷の外へ通じる鉄扉から、鎧姿の数十人がなだれ込む。既に血を流した者、
「親王殿下を、お守り奉るのだ!」
頼光の声。直ちに十人ほどが、親王や乙姫を連れ出した。
これで金太郎が加勢をしてくれる、と考えた松尾は油断だった。閃く銀色に太刀を合わせたが、右の太腿を裂かれた。
「松尾丸!」
取り巻く鬼を薙ぎ払い、駆ける金太郎。起き上がる鬼は、やってきた武士達が取り囲む。
松尾の足も動けぬには至らない。ようやく、どうにか勝負の恰好になる。先のが油断であれば、これは慢心だろうか。
「ああ騒がしいっ」
鉄扉からは対角の酒呑童子が吼える。頼光と渡辺源次をあしらいながら、転がった差し鍋を拾った。神便鬼毒酒でない、鬼の用意した酒を口に含む。
「かあっ!」
気合いの叫び。人を丸呑みにできそうな口から、なにをか飛ぶ。
お世辞にも痰を吐いたとしか見えなかった。赤い尾を引き、一人の武士に当たれば激しく燃え上がる。
どっ、と弾けた。鬼を囲んだ武士達が残らず、黒い影となって崩れ落ちた。
「なんだありゃあ──」
数拍前までそこに居た金太郎が目を見張る。しかし足を止めず、勢いも落とさず、正面から茨木童子に斬り込む。
「きぃやぁっ」
「どっせい!」
せい、せい、と続けざま。鉞とは信じられぬ速さで乱れ打つ。その尽く、茨木童子は受け止めたが。
金太郎の掛け声一つで、茨木童子が一寸動く。ざっ、ざっ、と足を滑らせて。
すみません。
いまだ焼ける武士達を、救いには行けない。せめても胸のうちで許しを乞い、茨木童子の右腕に斬りかかった。
卑怯と言われようと、勝たねばならなかった。
「ぎえぇっ!」
冷たい青色が割れた。薄皮一枚と言わず四、五枚ほども。茨木童子は血の噴かない傷を押さえ、恨みがましく睨む。
それが松尾には、泣き出しそうな少女に見えた。たった八つの、口数少なな。
「ささ……」
腕が力を緩めようとする。松尾は頬の内を噛み千切り、一歩も退かなかった。
「ささ、私だ。松尾丸だ!」
代わりに語りかけるのは、やはり甘いのだろうと思いつつ。「ごめんよ」と言わずにいられない。
「戻れるなら戻ってくれ。傷つけるのも傷つけられるのも、もうたくさんだ」
ささに言ってもしようがない。理解していても、願いがあふれる。「あの頃を」返してくれ、とは途中で口を噤む。
「あの頃のささに、もう一度」
茨木童子は「ひいっ、ひいっ」と微かに悲鳴を落とし始めた。連れて傷も増えていくが、深手となると一つもない。
「せいっ!」
松尾と金太郎と。およそ交互となった斬撃を、金太郎が一つずらした。茨木童子の腕が宙を滑り、踏み出された脚に鉞が下りる。
「ぎっ、ぎえぇぇぇ!」
跳んだ。広間の端まで退き、茨木童子は蹲った。睨む眼だけは手負いの猫のようで近づき難い。
「人に戻れってのは、死ねってことだ」
鉞の汚れを酒で洗い、ぼそっと呟く金太郎。息を吸い、吐くだけ松尾は考え、頷いた。
「鬼のままよりいい。誰にも、茨木童子を斃したなんて言わせたくない」
「おらは言わん。戻すのもできんけど」
十何人の鬼が横合いから襲う。武士達と炎に包まれたはずが、着物を焦がすこともなく。
「諦めるのは知ってる。どこまで足掻くかだ」
「じゃあ、やってみるさ」
群がる鬼を金太郎に任せ、松尾は走った。「ぎぎぎ」と、歯噛みするような茨木童子の声を聞きながら。
「ささ!」
来るなと訴える眼を、見ていられない。松尾は跳び、茨木童子の頭上を取った。
青い腕が突き上がる。でたらめに、あっちへ行けと訴えて。
躱し、その腕を片手に抱いた。もう一方で、逆手の太刀を落とす。松尾の技と力を預けた切っ先が、童子の首を貫いた。
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