第78話:鬼退治(十四)
「さてどうする。立ち返って、共に鬼退治と行くか。あくまで己に従い、儂へ太刀を向けるか」
頼光の眼が、乙姫や親王らを向く。一人として得物を持たず、酒呑童子の足音に身を縮めるばかりの。
「儂の言葉に従う気は失せただろうが、できれば早く決めてくれとは頼もう」
熱はなく、冷たくもない。頼光の視線も声も、この世の始まりから変わらぬのでは。松尾の背に冷たい汗が伝った。
「また私を鬼と呼びたいのか」
「うん? ──ああ、なるほど。そうだ、お前が立ち返ると言うなら、鬼にか人にか」
選ばねばならなかった。そして選ぶまでもない。酒呑童子を前に私怨を取れば、乙姫をも死なすことになる。
松尾は突きつけた指を下ろし、凝り固まった息を吐く。
「良かろう。では荒二郎、この部屋の鬼どもを」
「へえ」
やれやれという調子で、荒二郎の太刀が上がる。足下へ下ろされ、一人の鬼の首が転がる。そのさまを松尾は見届けた。
「おい」
無理をするなと言うのだろう、巨漢が目隠しに動いた。しかし松尾は「いいんだ」と金太郎の肩を掴む。
「鬼を人に戻す方法はないだろう?」
「そりゃあ……」
「だから今日、ここで。なにもかも終わらせるのは、むしろありがたい。そう思えてきたよ」
吐いた言葉に偽りなく。繰り返しに考えても、事実と言えた。ただ現実であることに、松尾は怒りのほかの顔を作れない。
「外道丸と、ささも。私が止める」
一歩。踏み出しても、金太郎は動かなかった。二歩、三歩。松尾は眠る父のところへ向かう。
こんな明るい場所で見るのは初めてだ。
まじまじ父の寝顔を見下ろすと、少し笑っているように思えた。酒か、それとも猪鍋が旨かったせいかもしれない。
そうでありますように。松尾は願う。
「父ちゃん、おやすみ」
いつものごとく、言ったつもりだった。記憶にある松尾の声はずっと甲高く、震えてもいない。
その理由を考えることはせず、太刀を振り上げる。父の知らぬ七年で培った、己の身体が憶えたままに。
骨を断つ感触さえ曖昧なほど、素直に刃が通った。微動だにせず、父の頭はそこへある。
懐へ手を伸ばしたが、手拭いがない。けれど、しまったとはならなかった。差し出された巨漢の太い手に、金太郎の手拭いがある。
「薄汚い人間が、俺になにをしたぁ!」
酒呑童子の声が迫った。間髪入れず、襖も弾け飛ぶ。集まった乙姫達の悲鳴が幾重にも、何度も。
頼光は鉄扉のほうへ行くように言った。
松尾はそれらの混乱へ眼を向けない。もしこのまま、かぶり殺されたとしても。父の首を包むのだけは、やらねばならなかった。
「てめえら、なにを寝てやがる!」
酒呑童子の怒声が襖を揺すり、何枚かはそれだけで破れる。
と。深く眠っていた鬼達が、にわかに立ち上がった。男鬼も女鬼も、ゆらり陽炎のように。
「さあ外道丸。今の私は、お前だって斬れるぞ」
定まらぬ切っ先を、松尾は向ける。さながら炎を纏う巨人のごとき、酒呑童子に。
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