第50話:酒呑童子(八)
* * *
「羅城門を清浄にすべし」
帝の
「近ごろ、多くの子女が行方知れずとなった。
空の茜を切り取ったような、大きな
「無事の者を発見すれば、速やかに連れ戻ること。遺品についても同じ。ただし最も優先すべきは、服ろわぬ者どもを討ち果たすことなり」
池田中納言と同じような、動きにくそうな衣服の男。
「なんだか偉そうだな」
「
気に食わぬ様子の金太郎に、渡辺源次が答えた。つまり実際に偉いらしい。
「しかし無事な人より鬼を討つほうが優先とは、どういうことでしょう」
「そりゃあ本音のとこ、誰か生きてるとは思ってもねえってことずら」
背中の側から、悪鬼の囁きが聞こえたかに思う。けれども松尾には、馬鹿げたことをとも言えなかった。
「今宵。各々、精鋭が集ったものと聞く。二名以上で一組となり、左右いずれかより侵入すべし」
兵部大丞は書状を巻き取り、胸当て付きの部下と共に羅城門から距離を取った。文字通りに睨みを利かす位置だが、自分達は侵入せずという意思表示としか見えない。
集まった三十人ほどに不満の色はなかった。単独で来た者が誰と組むか、少しの相談がされただけ。
ほどなく、楼の左右の端に散っていった。
「では我らも。公時、松尾太郎は一組で良いな。残り二人は、それがしと」
迷いのない渡辺源次の決定を、松尾に不満とするところはない。ただ兵部大丞の言葉を聞いて、たしかめたいことはできた。
「源次殿、精鋭とのことでしたが。私などを選んで、備前守に迷惑はありませんか」
言い出しっぺだからと言うなら、たしかにそうだと喜んだ。それが現実には帝の命令で集められた恰好になり、腕の立つことが条件。
うむ。と渡辺源次は頷き、同行する二人を振り返った。
「すぐに追いつく。様子見程度、先に入っておれ」
荒二郎と、もう一人。新たに配下となった男だ。どちらも小さく頭を下げ、指示のとおりにするのは良い。
歩み去る姿には違和感があった。黒と白の、裾を擦り切れさせた僧服。首に大数珠、手には見慣れぬ棒状の得物。
「あの武器は──」
「
「僧の持ち物とは思えませんが」
言ってから、余計な世話と悔やんだ。ちょっと気になった程度で、松尾に深く訊ねるつもりはなかった。
「当人もそう申しておる。ゆえに
「落僧?」
「僧の守るべき戒律を破った者だな、
名を失くす。松尾が松尾ではなくなりたい時。
なにが。いや、なにかあったのだろう。また野次馬にならぬよう、そこまでで妄想を止めた。
「それで、精鋭だったか。つまり備前守の下、五本の指に入る自信がないと?」
「──自信など持つには、私はなにも知らなさすぎます」
屠った鬼と賊を除けば、手合わせをしたのは金太郎と渡辺源次だけ。さらに備前守の配下でさえ、顔見知りくらいでしかない。
そんな自分が強いと、自負などしては迂闊が過ぎる。天下一の強者はおろか、渡辺源次も手の届かぬ高みに居るのだ。松尾は自嘲に似た羞恥を感じていた。
「なるほど。では知れ、ここへ集った者が全てには遠いが。物差しとするには十分だ」
いつものごとく淡々と。渡辺源次は背を向け、既に見えぬ二人を追って歩んだ。
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