第50話:酒呑童子(八)

 * * *


「羅城門を清浄にすべし」


 帝のちょくにより、都へ見廻仕を置く武家が集められた。松尾が中納言邸へ赴いて、十日後のことだ。


「近ごろ、多くの子女が行方知れずとなった。今上きんじょう(現在の帝)におかれては、羅城門に災いの種があるものとお考えだ」


 空の茜を切り取ったような、大きな篝火かがりびが盛る。城壁を除く羅城門の、楼部分の間口がおよそ四十間。その端から端まで、余さず照らし上げられた。


「無事の者を発見すれば、速やかに連れ戻ること。遺品についても同じ。ただし最も優先すべきは、服ろわぬ者どもを討ち果たすことなり」


 池田中納言と同じような、動きにくそうな衣服の男。強装束こわしょうぞくというそうだが、それはともかく。野太い中年の声で朗々と書状を読み上げた。


「なんだか偉そうだな」

兵部ひょうぶの大丞たいじょう。朝廷の実戦部隊の指揮官だ」


 気に食わぬ様子の金太郎に、渡辺源次が答えた。つまり実際に偉いらしい。


「しかし無事な人より鬼を討つほうが優先とは、どういうことでしょう」

「そりゃあ本音のとこ、誰か生きてるとは思ってもねえってことずら」


 背中の側から、悪鬼の囁きが聞こえたかに思う。けれども松尾には、馬鹿げたことをとも言えなかった。


「今宵。各々、精鋭が集ったものと聞く。二名以上で一組となり、左右いずれかより侵入すべし」


 兵部大丞は書状を巻き取り、胸当て付きの部下と共に羅城門から距離を取った。文字通りに睨みを利かす位置だが、自分達は侵入せずという意思表示としか見えない。


 集まった三十人ほどに不満の色はなかった。単独で来た者が誰と組むか、少しの相談がされただけ。

 ほどなく、楼の左右の端に散っていった。


「では我らも。公時、松尾太郎は一組で良いな。残り二人は、それがしと」


 迷いのない渡辺源次の決定を、松尾に不満とするところはない。ただ兵部大丞の言葉を聞いて、たしかめたいことはできた。


「源次殿、精鋭とのことでしたが。私などを選んで、備前守に迷惑はありませんか」


 言い出しっぺだからと言うなら、たしかにそうだと喜んだ。それが現実には帝の命令で集められた恰好になり、腕の立つことが条件。

 うむ。と渡辺源次は頷き、同行する二人を振り返った。


「すぐに追いつく。様子見程度、先に入っておれ」


 荒二郎と、もう一人。新たに配下となった男だ。どちらも小さく頭を下げ、指示のとおりにするのは良い。

 歩み去る姿には違和感があった。黒と白の、裾を擦り切れさせた僧服。首に大数珠、手には見慣れぬ棒状の得物。


「あの武器は──」

ほこだ。見てのとおり、太刀の倍の間合いがある。刃は短刀ほど、先端にあるのみだが」

「僧の持ち物とは思えませんが」


 言ってから、余計な世話と悔やんだ。ちょっと気になった程度で、松尾に深く訊ねるつもりはなかった。


「当人もそう申しておる。ゆえに落僧らくそうとでも呼べと」

「落僧?」

「僧の守るべき戒律を破った者だな、破戒僧はかいそうとも言うが。己の名は失くしたそうだ」


 名を失くす。松尾が松尾ではなくなりたい時。

 なにが。いや、なにかあったのだろう。また野次馬にならぬよう、そこまでで妄想を止めた。


「それで、精鋭だったか。つまり備前守の下、五本の指に入る自信がないと?」

「──自信など持つには、私はなにも知らなさすぎます」


 屠った鬼と賊を除けば、手合わせをしたのは金太郎と渡辺源次だけ。さらに備前守の配下でさえ、顔見知りくらいでしかない。

 そんな自分が強いと、自負などしては迂闊が過ぎる。天下一の強者はおろか、渡辺源次も手の届かぬ高みに居るのだ。松尾は自嘲に似た羞恥を感じていた。


「なるほど。では知れ、ここへ集った者が全てには遠いが。物差しとするには十分だ」


 いつものごとく淡々と。渡辺源次は背を向け、既に見えぬ二人を追って歩んだ。

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