第42話:源頼光(九)

 もしかすると、甘えて寄ってきただけなのか? そう松尾に思わせるほどあっけなく、子供の鬼達は倒れた。


「東南の外れに、受け入れる寺がある。戸板を借りてこい」


 直ちに、渡辺源次は金太郎へ言った。松尾は最初の二人を斬ったまま、呆然と立ち尽くす。


「……以前、死んだ人が鬼になると聞きました」

「うむ。それがしも聞き及んでいるが、真偽は定かでない」


 渡辺源次も咎めることはなく、自らの太刀に付いた泥のような汚れを落とした。


「子供の鬼に出会ったのは初めてです。しかも八人」

「そうか、一度に八匹はそれがしも覚えがない。しかし珍しいとは言わん」

「それだけ子供が死んでいる、ということでしょうか」


 返答はなかった。誰もなにも言わなかったように、静寂の夜が流れる。一つの薄い雲が月にかかり、反対の端へ辿り着いても。


「源次殿。家の人だ、どうなったか教えろとさ」


 やがて金太郎が戻った。言われたとおりの戸板と、牛の臭いのする男を連れて。

 渡辺源次の話す間に、鬼達を板へ乗せる。子供の身体と言えど、ゆったりとした寝床とはいかなかった。八人に加え、鉄棍の男も居る。


「あとの二人は拾いようがないな。埋めとくか」


 先に殺された者達は、形の残るところが無いに等しい。金太郎の言うまま、その場を掘り返した。


「終わったか」


 頃合いに声をかけた渡辺源次が、さっさと屋敷の外へ向かう。使用人の男はも、とうに去っていた。

 戸板に繋いだ綱を、金太郎が引こうとした。けれども松尾はその手を止めさせる。


「曳けるのか?」

「曳きたいんだ」


 肩を回した綱に、ゆっくりと力を加える。転げ落ちぬよう、これくらいかと加減しては動かなかった。

 それより何倍も強く、しかし全力には程遠く。戸板は砂を引き摺って賑やかに囃し立てた。


「──老若男女、誰がどれだけ死ぬか。調べた者が居るのかも知らぬ。しかし聞く話にだけでも、子供の死なん日はなかろう。病だの災いだのは、人を選り分けてはくれん」


 貴族の屋敷を出て、大路を曲がったところ。突然に渡辺源次は話し始めた。

 金太郎など「なんだ急に、おかしくなったか」と悪口でしかない非難をする。松尾にしても、先の答えと気づくのに数瞬の間が必要だった。


「貴族の決めること、ですか」

「意味もなく民を殺せという法はない」


 法がない。ならば法ですらない誰かの都合ということか。勢いまま、そう問うことは堪えた。貴族の屋敷で答えなかった、源次の都合もあろうと。

 だが黙ってもおれず、別の問い方に頭を捻る。


「子供を。いや、罪のない人を死なせないこと。罪を犯させないこと。これは可能でしょうか」

「さてな。どうしてやるものやら、それがしには想像もつかん」

「やるなとは言われないんですね」

「備前守の名を貶めぬなら、止める理由も思いつかんな」


 頼光の名を落とすなと言われては、貴族への直談判などしてはならぬということ。

 分かりましたと答えたものの、松尾にもほかに思いつくことはなかった。遠く羅城門を横目に、引く綱の重みを噛みしめた。


 ──八条辺りの東の城門を出て間もなく、小高い丘に行き当たった。寺と言うだけあって山門があり、鳥辺野とりべのと札が掛かる。

 見上げると斜面の木々は点々と間引かれ、頂上の丸みと星の海とが区別できた。


「この先のどこということはない」


 好きな場所へ放れと、これと色もなく渡辺源次は告げた。


「打ち捨てろと?」

「問題があるか」

「わざわざ運ぶくらいなので、なにかするのかと」

「無辜の民でも野晒しだ、それをここまで運ぶだけでも特別と思うが」


 それはたしかにと頷くほかない。あの惨劇の日まで誰かを見送る機会のなかった松尾は、死の作法を知らなかった。

 ほっほうと梟の笑う、僅かな沈黙。金太郎の太い腕が、松尾の肩を引き寄せて揺する。


「おい松尾丸、今晩はどうした。足柄山でも同じだったろ、人も獣も土に還るんだ。鬼も同じでなにが悪い」

「うん。そうだ、ごめん。なにか考え過ぎてる」


 よし、と金太郎は鉄棍の男を担いだ。松尾も子供の鬼を左右に一人ずつ。月の光のよく当たる、太い樹の根元へ置いた。金太郎は少し奥の平らなところへ。

 運び終え、貴族の屋敷へ戸板を返す。気づけば東の空が白みがかった。都で迎える最初の朝だ。


 頼光の屋敷へ戻ると、ちょうど頼光と出会った。朝日が顔を出して間なし、板戸の前。


「おお、ご苦労」


 昨日は見なかった狩衣姿を二人連れて、頼光はせかせかと言った。渡辺源次のおもむろな動作も待ちきれぬ様子で、「ではな」と立ち去ろうとする。


「ああっと、松尾丸」

「なんでしょう」

「儂が戻ったらな、良い物をやろう」


 夜通しの頭では、なにやら察しがつかない。曖昧に「はあ」と答えたが、頼光は既に背中を見せていた。


「朝からどこに行くんだ」

「内裏だ。貴族の方々とまみえるのは、陽の真上に来るまでがゆえにな」


 金太郎と渡辺源次の問答も、どうでもいいと松尾は思う。ひどく疲れた心地がして、頭の中がぐるぐると渦を巻くようだった。

 だのに、最初に入った左手の平屋へ入ろうとすると、渡辺源次の声が止める。


「お前達はこっちだ」


 開けられた右手の平屋を、連れられて奥へ。人ひとりにちょうどいい通路へ、同じ形の板戸が何枚も並んでいた。

 左に折れてすぐ、渡辺源次は目の前の板戸と次の板戸を指さす。


「二つ、部屋をやる。好きに使え」

「へえ」


 いいのか悪いのかどちらとも聞こえぬ声を残し、金太郎は手前の板戸を引く。

 すると残るは二つ目の戸。寝かしてくれるなら、もうなんでもいいという心地だった。渡辺源次に礼の一つも言ったか定かでないまま、松尾は床板に転がった。

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