第40話:源頼光(七)

 頼光の屋敷の、敷地へ入って左手。間仕切りのない、一つの広い空間だけの建物で待てと指示された。

 松尾と金太郎のほか、二十人ほどが出入りする。湯や食事を運んでくれる若者を除けば、いずれも二十から三十半ばの年ごろ。


「どいつも、おら達と似たようなもんらしいな」


 と金太郎。似るとはなにがか、松尾は頷けなかった。

 足柄山を出たのと同じ衣服の二人に対し、誰も揃いの狩衣を纏う。多くとも四、五人ずつがひとかたまりで、与えられた食事を肴に寛いだ様子を見せる。


「そうか? みんな慣れた感じだけど」

「いつ来たかは知らん。でも、ずっと仕えてるって奴は見当たらない。どこかで腕を鳴らして、集められたんだ」


 言われてあらためて、周囲をなるほどと見回した。それぞれの得物の半分ほどは太刀だが、残りは槌やら薙刀やら、長い鉄棍てっこんまで様々あった。

 それに寄り集まった人数では親しげだが、別の集まりと関わる空気は見えない。


「先達と言っても、せいぜいひと月くらいか」


 松尾の答え合わせに、金太郎は「だな」と頷く。


 ──食事を終えるころには、格子窓から夜が覗いた。世話役らしき若者が灯りを点け、入れ替わりに渡辺源次がやってくる。


「公時、松尾丸。初仕事だ」


 応じて二人が立つより早く、奥に居た三人組が腰を上げる。仕切る物のない広い部屋で、わざわざ松尾と金太郎の間を歩いた。

 渡辺源次とすれ違うのだけは「お先に」と頭を下げたものの、姿の見えなくなるまで嘲笑う視線が鬱陶しい。


 同じような態度を示す者に、松尾は慣れていた。足柄山周辺では有名な、金太郎を知らずに流れてきた山賊だ。

 実際の手合わせなく、姿さえも初見の相手を見くびる。そんな人間が手練だった試しがない。


 ゆえに顔色もまるで変わらなかったはず。また追い越していった別の三人組には、「気をつけて」と声をかけもした。


「お前達のやることだが、難しい理屈はない。三人組で街じゅうを歩き回る、それだけだ」


 屋敷を出て街中へ向かいつつ、渡辺源次は具体的な仕事を話し始めた。


「鬼にしろ賊にしろ、必ずここという場所はない。まあ大内裏の近辺は、常に兵が見張っておるがな」

「じゃあ、やっぱり羅城門の辺りが多いんだな」


 朱い門を飾るかのような、動かぬ人の姿が幾つあったか。金太郎の問いを聞き、都で最初に触れた景色が松尾の脳裏を過った。


「誤りとは言わん。が、見廻仕は備前守の名入りだけでない。その人数が必要な理由を語る必要はあるまい?」


 頼光以外にも、よその家が見廻仕を抱えている。最初から聞かされたことゆえに、最初から今にかけても晴れぬ懸念が松尾にはあった。


 もしかするとその中に、文殊丸も居るだろうか。

 もし出会ったら、自分はどうするだろうか。

 全身の強張るのをごまかすため、松尾は太刀の柄を強く握った。


「三人組って、ずっとこの三人か?」


 籠提灯を携えた渡辺源次に、あくび混じりの金太郎が問う。

 都の夜は山と違い、頭上を塞ぐものがない。星明かりだけでも十分に互いの顔が見え、おまけに今日は月が眩かった。

 ただ、足元は暗い。歩く左右の壁が相互に影を落とし、夜の海に膝まで浸かったかに見える。


「いや。ないとは言わんが、今宵は特別だ。明日からは別の者が加わる。それも続くか、すぐ変わるかは約束できんが」

「ふん。まあ松尾丸と二人で、余るくらいだ」


 渡辺源次は、東西に走る大路を進んだ。西から東へ、街の外れに出れば曲がり、何本か南下した大路を東へ。まるで朱雀大路を縫い合わすように。


「こんな大雑把でいいのか」

「小路の一つずつまで隈なく回ろうとすれば、半分も行かぬ間に夜が明ける。どこをどう回るかも、お前達の腕の見せどころというわけだ」


 話す間にも、別の三人組の姿が見えた。どこに出るか分からぬものを捜すのだから、互いになるべく出会わぬほうが効率が良い。

 それが先ほどの、羅城門の周囲だけでは駄目だという話に繋がる。松尾は一人、納得の首肯を繰り返した。


「誰より早く鬼を見つけて、誰よりたくさん狩れってことか」

「そのとおりだ。少なくとも、よその家の者よりな。我が主の配下でも、ろくの多寡に関わる」


 数と早さを競って鬼を狩れ。金太郎と渡辺源次のやり取りに、松尾は気づかぬふりを決め込んだ。

 鬼であれ賊であれ、博打ばくちの札のように言うものでない、と。


「お、源次殿」


 何度目の折り返しか、朱雀大路の南北の真ん中辺り。声をかけられ、渡辺源次は足を止めた。


「なにかあったか」

「いえ別に。新参を押しつけられて、いつも大変だと思いましてね」


 羅城門の方向からやってきたのは、出がけに嘲笑った三人組。


「そうか、今日のところは気遣いと受け取っておこう」

「いやいや。源次殿のような手練が、赤子のお守りで粗相を拾うのはもったいないってね。本気で心配してるんです」


 聞けば聞くほど、群れるばかりの山賊と同じような言い草だった。同じく慣れた金太郎も、憤るどころか哀しげな視線を返す。

 きっと口を開けば、長生きできないなどと言うのだ。そちらの意味で、早く行ってくれと松尾は願う。


「なんだ、人間の言葉も習ってない連中ですか。こりゃあ、ますます大変だ」


 夜啼きの鳥も聞こえぬ、都の夜。三人組でも鉄棍を握る男が高らかに笑った。

 風もなく、いやな温さが辺り一帯を埋めていく。


「はあ、笑った。じゃあ源次殿、くれぐれも御身を大切に」


 渡辺源次は答えず、早く行けと顎で示した。近い小路に三人組が消えると、既に記憶から消した風で元の方向に歩きだす。


「ん……」


 けれども松尾は動かなかった。ゆっくり、太刀の鍔に指先を触れさせ、上下左右の全方位に目を走らす。


「どうした」

「ああ、松尾丸は鼻が利くんだ。こればっかりは、おらにもよく分からん」


 鼻が利くとは、喩えでなかった。鬼の近くに居る時は、腐臭がする。どれだけ強く嗅いでも、金太郎はまったく分からぬらしいが。


「源次殿」

「うん?」

「都では、この暗い中を幼子おさなごが遊び回るものですか」


 問わずとも、そんなわけがないと松尾にも分かる。しかし見えたものを、鬼と結論づけたくなかった。


「あり得ぬな」

「では、あれが鬼です」


 奥歯を鳴らし、松尾は駆けた。平屋の上を跳ねて進む姿が見えたのだ。

 それは朱雀大路の南から、小路に消えた三人組を追って。

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