第15話:文殊丸(一)
──一年が過ぎたころ。
いつしか晩の飯の輪に、外道丸とささも加わっていた。松尾の父や村長が座るのとは、およそ反対。子供らばかりが、座るというより勝手気ままに転げ回る辺りへ。
「ねえ、竹でね、櫛を削ってもらったの。ささに挿してあげるね」
「あ……」
ささと同じ年ごろの女の子が、甲斐甲斐しく後ろへ回る。世話される当人は一拍遅れて頬を緩ませ、座ったままの首から下を硬直させた。
「ほら可愛い」
「ん」
あ、とか、ん、とか。返答にならない声でも、女の子たちは気にした風を見せない。「お揃い」と言われた相手の髪を、ささはじっと見つめ、おそるおそるに自身の髪へ手を這わす。
いいように飾って遊ばれている向きもある。けれど綻ぶように、ささ自身が笑うのならいいかと松尾には思えた。
そういう光景を、三歩離れた切り株から外道丸が見つめる。
練った米を木串に巻きつけ、味噌を塗って焦がし気味に焼く。最近は自分で拵えるようになったお気に入りを齧りつつ、青い瞳はささの居るほうへ向き続けた。
「あら、ささ。可愛らしくしてもらって」
村長の妻など、構いたくて仕方がないのだろう。なにかと言いわけを作り、ささの頭を撫でに来る。
すると外道丸は、さっと立って一歩を踏み出す。しかしそれだけで、以前のように割って入るまではしなくなった。
「なんだ、外道丸。串をそんな足元へ放って、あんたの妹の足に立ったらどうするんだい?」
毎晩のように繰り返される小言は、必ず松尾にも及ぶ。
「松尾もね、教えてやらなきゃ」
「ごめんなさい」
「ごめん」
松尾が立って頭を下げれば、外道丸も倣う。散らばった串や魚の骨を火へ放り込みもした。
「そうそう。ちゃんとしてりゃ、おばちゃんも鬼じゃないんだから」
左右の手が、松尾と外道丸をいっぺんに撫でようと伸びる。と、金色の頭は首の伸びる限り逃れようとした。
「そんなに嫌なのに、走って逃げないんだ?」
いつか問うた時、彼は「悪いから」とそっぽを向いた。言うとおり、撫でさせなかった場面を松尾は見たことがない。
村長の妻や他の女たちが子供を連れて家に引っ込み、残るは飲み足りない男たちだけになっても、外道丸は輪を外れようとしなかった。
松尾もおよそ居残るが、それは父と村長が最後まで火の番をするからだ。
付き合ってくれてるのかな。そう自惚れたかったが、否定されれば落ち込みそうで訊ねずにいる。
人数が減ると共に、蛙の合唱が増す。切り株の外道丸と、座りの悪い石の松尾。きっと互いに手を伸ばせば、ちょうど触れる距離。
「今年の味噌もうまいよね」
「うまい」
「ささは、汁にしたのが好きみたいだけど」
「うん」
ささへ送った目を外道丸に振る。青い瞳は、相変わらず妹へばかり注がれていた。
次は明日の畑仕事のことか、それとも年少の子となにをして遊ぶか。彼が少しばかり話せるようになって、逆になにを言うべきか迷う。
──ささと二人、どんな目に遭ったの?
常に胸へある問いだけは、固く封じたまま。
「松尾丸」
盗み見る目を、外道丸がまっすぐ見つめ返す。
呆けていたらしく、松尾がそれと気づくのには少しの間がかかった。
「松尾丸?」
「え。あ、うん、なに?」
「困ってるか?」
「ううん、ごめん。色々考えてただけで、なにも困ってないよ」
睨むような遠慮のない視線はいつものこと。村へやってきた頃の、手負いの獣かという剥き出しの感情は薄まった。
このままさらに時を重ねれば、父と村長のようになれるだろうか。
なぜか松尾は、ふっと失笑を漏らす。
「村、出たい」
「えっ?」
「聞け、話。村、出たい」
なんだって? と。もう一度と言わず、何度でも繰り返したかった。
心の声が聞こえたでもなかろうが。外道丸は声を潜め、松尾に身体を寄せ気味に言う。「村、出る。どうする?」と。
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