第14話:外道丸(九)
朝、芋と魚の練り物が父の口へ入る。松尾が塩加減をしたものだ。
──早く、早く。
あぐらから、松尾の腰は勝手に浮かぼうとする。まだ父ちゃんが食べてるんだと押さえつけ、なにもない椀から空虚を取って自分の口へ運ぶ。
「松尾。練り団子、うまいな」
「えっ、そう? うまかったかな」
松尾は口に入れたか。入れたはずだ、が覚えがなかった。記憶を辿る松尾に、なぜか父は「わはは」と豪快に笑う。
「気になるんだろ、俺はもういいから行ってこい。二、三日は仕事も考えなくていいからな」
「ええ? そんなわけにいかないよ」
粥を掻き込みながら、父は笑って咽せた。松葉の湯で落ち着け、それでもまだ堪えられぬ様子で「くっくっ」と。
「初めて来て、なにも分からねえ場所で。なんの世話もしてくれなかった奴と、誰が仲良くするかよ」
「世話はするよ。でも父ちゃんを手伝わなきゃ」
「言っただろ、備えが大事だって。何年かしたら父ちゃんは、腰が痛え膝が痛えって怠けたくなる。そういう時に頼れるのは、同じ年ごろの奴だ」
ときどき村長が足腰をつらそうにしている。だが怠けていると、松尾には思えなかった。父が同じようになるのも考えたくなかった。
「どっちが一番って話じゃねえ、その時その時で順番は違うもんだ。俺を構ってくれるのは、後でいいって言ってんだよ」
父は椀の底を見せ、鍋に蓋をした。手で煽ぐように、早く持っていけと示しもする。そうまでされれば、松尾も言いわけの必要を感じない。
「う、うん。いってくる」
鍋を引っつかんで走る。と、杓子や蓋が暴れた。慌てて足を緩めても、またいつの間にか早まった。獣道も通れず、気持ちだけは遥か先を走っていて、吐き気がしそうなほど落ち着かない。
海辺へ面した松林に小屋がある。海賊たちが海を見るためのと、隣に新しくもう一つが。
そっと中を覗き、「良かった」とため息混じりに松尾は漏らした。金と銀の頭が、奥のほうへ横たわっている。
「まだ寝てる?」
声と気配を抑え、踏み入った。二人の寝息が穏やかで、自然と松尾の口角が上がる。
船では逃げ場がないが、この村はそうでない。
昨日、火を囲んだお頭が言った。逃げてどこへ行くんだと問うても、理屈ではないと。
「う……」
外道丸が身動ぎした。鍋底の砂を噛む音が障ったのか。自然に起きるまで、松尾は待つつもりだった。
「ごめん、起こした?」
残ったささの寝息を邪魔せぬよう、できる限りの小声で言う。すると外道丸は、さっと目を見開いて半身を起こした。
射殺さんとするかの鋭い眼。青い炎が松尾の浮かべていた次の言葉を残らず焼き尽くす。
「──マツオマル」
硬直した松尾を外道丸の声が融かした。船を下りてすぐと比べれば、潜めていても力強さが感じられる。彼の眼も幾分か和らいだ。
「あ、ああ、ごめん。お粥を持ってきたんだけど、食べられるかな」
そういえば、昨日持ってきた魚はどうしただろう。焼いた団子も。
いきなり村の全員に囲まれては、飯が喉を通るまい。父に言われて、松尾が運んだ。
ない。小屋の中に、魚も団子もない。ついでに椀も木皿もないが、まさか食ったのではないはず。
「外道丸?」
あらためて、地面に置いた鍋に手を添える。食べ物と分からないのか、そう思って蓋を取る。
外道丸は少しの間を置いて頷き、ささを揺り起こした。「いいのに」と松尾の心遣いは間に合わない。
ただ、おかげで椀と木皿の行方は分かった。
「あはは。ささ、おいしかったの?」
幼い声で唸りながら、ささは伸びをした。その両腕から、行方不明の物体が転げ落ちる。ご丁寧に外道丸の分も。
二人が粥を食べ終わると、村を案内に出た。最初に海辺へ下りたのは、ひと気の少ないほうからと考えて。
「海賊の人たちは分かるよね。まだみんな寝てるけど」
船の腹を叩き、鍋を渡す。顔を出した海賊から外道丸はささを隠し、ささも少し後退る。二人を助け、ここまで連れてきた海賊でさえこうだ。
村の仲間と、話せるようになるのか。ふっと湧いた不安には気づかぬふりで、まずは洞窟へ。
「
入るなり、外道丸が叫ぶ。意味は分からないが、嬉しいのか楽しいのかと見回す仕草で知れた。
三人で手を繋いでも並べる幅。大人が強く跳ねても届かない天井。他に幾つか洞窟はあれど、ここまで大きなものはない。
彼の反応に納得すると同時、自慢したくもなる。ここは父が使う場所だ、と。
「これがね、どぶろく様。ここでお祈りするんだよ、どぶろくと味噌がうまくできるように。村のみんなが、今日も怪我や病気をしないように」
ひけらかすのは、やめておいた。きっと父は、そんなことをするなと言う。
代わりに、いつも父と共に祈ることを教えてやった。両手を合わせ、目を瞑って。
などと言っても、外道丸とささには意味が分からない。すぐにまぶたを開くと、二人も目を閉じていた。
両手を組む形は違えど、祈りの姿勢に違いない。
彼らの気が済むまで、松尾ももう一度祈ることにした。
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