第12話:外道丸(七)
朝、松尾はまず竈の火を揺り起こす。自身より先に枯れ葉や小枝を食わせ、そっと息を吹きかけて。
寝起きにぐずるうちから鍋をかけ、松葉を入れた湯を沸かす。たとえ父が飲み過ぎていても、「効くなあ、腹ん中の物が全部流れてく」そうだ。
父と二人、湯を飲みつつ火を眺める。ゆうべの粥や魚を放り込まれた鍋の、ぷくぷくとした唄を聴きながら。
食うと父は、どぶろく様の洞窟へ向かう。松尾は田んぼへ、水の具合いと余計な草を抜きに。
早く終われば、松尾も洞窟へ。村のなにもかも、誰の物と決まってはない。この洞窟もそうだが、どぶろくや味噌の世話は例外だった。
「いつか、村長が勝手に弄ってな。ほとんどが酢になっちまった。あれだけ鱠を食ったのは初めてだ」
くすくす堪えながら、ときどき思い出したように父は言う。居並ぶどぶろくと味噌の甕を全て、機嫌を窺ってかき混ぜるのには時間がかかる。
手伝いがなければ、浜の草を摘むことが多かった。しかし新しく、手近な船の腹を叩く作業が増えた。
「ふあぁぁぁ、もう朝か」
「朝って、お天道さんを見上げないんだよ」
海賊の朝は遅いらしい。寝ぼけていない者がなく、こぼすなと何度も言って粥の鍋を渡す。
「お頭は?」
「暗いうちに稼ぎへ出たぜ。何日か帰ってこねえ」
「みんなで行くんじゃないんだ?」
「大勢は目立つからな」
どうせ居着くのなら、村の外の話を聞こうと思った。居ないものはどうしようもなく、松尾は不満の息を「ふうっ」と吐く。
「なんだ、お頭と話したかったのか?」
「──そんなわけない」
「そうかぁ、帰ったら言っといてやる」
「な、ないってば!」
まだ名も覚えきらぬ海賊の一人にからかわれ、浜の奥へ逃げる。そこに、こんもりと茂る鏃形をした葉があった。抱えるほど摘み、先ほど話した海賊に渡す。
「これ、粥に入れるとおいしいよ。お腹が悪いのも治るし」
「へえ? ありがとよ」
話すのもそこそこ、さっさと家のほうへ戻る。きっとまだ、海賊に飯を持ってこようという誰かが居るはずだった。
遠く後ろのほうで「酸っぺえな、こりゃあ!」と絶叫が聞こえても、振り返らない。少しずつ好みで入れろと言い忘れただけで、嘘は吐かなかったのだから。
やがて陽が高いところを過ぎる。父は誰か手伝いは必要ないかと村を回りに行った。松尾も着いて歩くが、まだ畑仕事のできない子らが集まってくる。
いつも道のりの半分も達さぬうち、「後でな」と父を一人にさせてしまう。
最近は草や蔓を編んだ球を転がし、手頃な枝で叩いて遊ぶのが流行りになった。石を二つ置いて門を作り、通せるか競う。
子供では最年長のせいか、どれだけ狭く遠くしても松尾には容易かった。むしろ他の子のやる気を削がぬよう、うまく外すのが難しい。
途中で誰かが追いかけっこを始めることもある。そうこうしていれば、夜まではあっという間に感じた。
明るいうちに全員を引き連れて広場へ戻り、火と飯の用意をする。そこへ鍋を返しに来た海賊が何人か加わり、父の作ったどぶろくを飲む。
決まりきったようで、昨日と同じとは一度も感じたことがなかった。住人として海賊が増えたのは最たるものだが、それほど大げさでなくとも。
例えばそういう日々が過ぎていく中、なかなか船が帰ってこないとか。もちろん風や潮の都合で、しばらく待てば戻らぬことはなかったが。
けれども梅雨の頃合い、二十日以上も過ぎるのは良くない。
「沖が
「本当に?」
松林に、海賊は小屋を拵えた。太い枝を組み合わせ、葉のついた細い枝を葺いたものだ。海を見るためらしいが、大人が何人も寝転べる程度に広い。
雨の日など、松尾はよく転がり込んだ。海へ出ない時のお頭も、この小屋へ居ることが多かった。
「ああ見えて、うちの連中は腕がいいんだ。お頭もな」
戻らないのは、そのお頭だ。海賊の仲間たちは交代だが、お頭だけは必ず船に乗るのだから当然ではある。
大丈夫だと言う海賊は、しばしば目を遠く投げては舌打ちをした。ざわざわと、松尾の胸に得体の知れぬものが住みつく。
それからまた数日。晴れが二日続いた夕刻、お頭の船が戻った。晩の飯の用意をする中、聞いた村の仲間たちは海辺へ走る。
「おお松尾丸、珍しい物がしこたま手に入ったぜ!」
舳先から、お頭は飛び下りる。「へっへっへっ」と、わざとらしいくらいに意味ありげな高笑いで。
「珍しいはいいけど。帰ってこないなって、みんな見に来たんだよ」
「ああ、そいつは悪かった。こんなに予定外が重なるのは俺も初めてでよ」
続々と、積み荷が降ろされる。たしかに見たことのない剣のような物や、金色の飾り物などもある。
村に渡すのかは関係なく、もう大人たちも「こりゃあなんだい?」と興味津々だった。
やれやれ、と思う。そんなでは、悪気のなさげなお頭が調子に乗ってしまう。どう叱ってやろうか、今日のどぶろくはおあずけにするか。
考える松尾の前に、また新たな荷が降ろされた。瞬間、目をおかしくしたかと、それどころでなくなった。
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