第11話:外道丸(六)

 夜が薄く落ち始めても、広場の火は燃え盛ったまま。腹いっぱいだ、と家に戻った村人も多いが、およそ半分は残った。


「しかし松だらけだな」


 また一人、戻る者の背を見送ったお頭が言う。今さらだが、たしかに村はぐるりと松に囲まれる。最も遠い兄ちゃんの家の先も。


「よそへ行く時はどうするんだ?」


 車座に、父や村長、他の大人も並びでいる。だというのに、なにかとお頭は松尾に問う。なぜかと問うても、へっへっと酔ったふりで答えなかった。


「どうって、歩いて」

「なるほどなあ。って、そりゃあそうだろうよ。俺が聞いてんのは、どっちを向いても山ばっかりだってんだよ」


 ぐい、と盃を煽るお頭の見る高さ。海を除いた三方を小高い隆起が閉ざす。山とまで言っては褒めすぎの小高い丘だが、道と呼ぶべきものはない。


「ああ、そういうことか。すぐそこだし、子供だけでも越えられるよ。熊とか狐が出るから、実際は行けないけど」

「じゃあ向こうに見える高い山にも行ったことがあるのか?」


 大人と共に大勢でなら、なんの問題もなかった。証拠に町まで行った時、さほどの苦はなかったように松尾は思う。

 しかしその先、碧のくすむ山を指さされても答えに困る。一度の遠出で、山の区別などついてはいない。


「この間、峠を越えただろ。あれがあの、大江おおえの山裾だ」

「大江山?」


 代わって父が答えてくれた。問い返したのにも、団子を齧りつつ頷く。


「へえ、大江の」

「どうかした?」

「いや。追っ手の領地じゃねえなって、ほっとしただけだ」


 お頭は言葉のまま、ふうっと息を吐いた。

 松尾には、聞いたことがあったようなくらいにしか大江という名に覚えがない。なんであれ大人の話で、お頭とも関わりがないのなら考える必要もなかったが。


「けど、こんな囲まれてちゃ行商も来ねえだろ」

「行商ってなに」


 こちらから求めに行くのでなく、品物を持った者が運んできてくれる。そう聞いて反射的に「それはいいね」と松尾は答えた。


「鬼に遭わずにすむってことだろ?」

「会ったのか。俺はないが、奥州でもたまに話になってたな」


 やはり鬼は、どこへ居てもおかしくないようだ。ならば行商人とは、なんとありがたい存在だろう。

 と思うものの、すぐに気づいた。鬼に出遭う危うさを肩代わりさせるだけのことだ。


「……いや、やっぱり来ないほうがいいよ。盃浦へ行こうって、そんないい人になにかあったら悪い」


 お頭だけでなく、父と村長も怪訝に首を傾げた。なぜ意見を変えたか、鬼が怖いと言わずに説く方法を捜す。


「まあいいさ。行商に頼らねえでも、これからは俺たちが都合してやるんだ。住まわしてもらう代わりにな」


 へへへっと高く笑い、お頭は胸を叩く。鬼の話が終わったのはいいが、今度は松尾が首を捻る。


「住むことになったの?」


 お頭とは反対、父へ訊ねた。後ろのほうで誰か「おいおい」と不平を言うが、聞こえぬふりで。


「さて、そういう話もしねえとな。余ってる家はないし、どこへどうしたもんか」


 お頭の向こうで村長も頷く。こうして火を囲んだのだ、予測の外ではない。


「なんだ松尾丸。おどかすたぁ、案外と人が悪いぜ。いや家ってほどは要らねえ。基本は船に居るし、松林の中へちょっと屋根を作らせてくれりゃあそれで」


 最初に弓を向けられなければ。海賊と知らされず、仲間たちが手に手に得物を持たなければ。

 酒と飯を食う姿だけを思い返せば、村の誰とも違わなかった。


「そんなことでいいなら、好きにしてくれ。村の誰がなにをするのも、必要なだけ助けようってことにしている。言えば大抵は手伝おう」


 唯一、盃浦の決まりごとを村長は伝えた。それなら松尾に言えることはない。どこか引っ掛かる気持ちを奥底へ押し込んだ。


「そうか。思ったより、だいぶいい村だ。いきなりこんな歓迎の宴なんてな」


 お頭は村長の向こうへ座る連れに、盃を掲げて見せた。あちらも兄ちゃんと肩を組み、賑やかにやっている。

 大人が判断したのだ、それでいい。本当に仲間が増えるのなら、いいことに違いない。

 そう思うものの、一つだけ訂正の必要はありそうだった。松尾はそれをお頭に問う。

 

「歓迎の宴?」

「いや松尾丸、弓を向けたのは謝るから勘弁してくれ。こっちがなにもしてねえでも、いきなり石を投げられることだってあるんだ」


 練った芋をよく焼いた団子に載せた物を、お頭は松尾に差し出した。甘くて好物ではあったが、今は弓の話をしていない。


「うん? そうじゃなくて、今日のは宴じゃないよ。子供が産まれた時とか、もっとごちそうを準備するんだ」


 念のため、父と村長のそれぞれにも視線で問う。二人とも、そのとおりと首肯を返した。


「あん? じゃあ、この火はなんだ」

「いつもだよ。雨の日でもなけりゃ、晩の飯は毎日こうだ。違うとしたら、昼に始めたことだけかな」


 しばし、お頭と連れはぽかんと口を開けた。が、やがて「くくくっ」とこみ上げて弾けるように笑い始める。


「そりゃいい、なんていい村だ!」


 まるっきり信用したわけじゃねえ。叫ぶお頭を見ながらも、父の言葉が脳裏をかすめる。

 しかし新しい仲間だ。既に他の仲間と変わりなく接する父に倣わなければ。

 仲間だ。仲間だ。

 何度ということなく、松尾は胸の内で繰り返し続けた。

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