第5話

…1か月後…


孝志はジムの鏡の前に立っていた。


ボディービルダーの真似事をして、ポーズを決めてみる。

うむ。さすがに1か月じゃ目見えた成果は無いか。


いや、ちょっと、何となく、マッチョっぽくなっているのでは?


鏡の前で、振り返りながらガッツポーズを決めた瞬間、


「なにやってるんですか?」


突然の声に、驚いて振り返るとアイちゃんが立っている。


おぉっと…!


「ボディービルダーですか?」


「いや…ふ…ふざけてただけです」

「あれぇ?今日は月曜日じゃ?」


「来ちゃダメですか?」


「いや、そんなことは無いけど」


むむぅ~、これがアイちゃんと呼ばれる所以か…



会話しているようで、何とも会話になっていない気がする。


-会話とは、言葉のキャッチボールです。-


アイちゃんにボールを投げると、150kmくらいの剛速球がズドンと返って来る感じ。


取れないっちゅう~の!



何とも居たたまれない気持ちになり、早々にマシンに向かう。


少し離れたランニングマシンで、アイちゃんが走っている。



ポニーテールの髪が揺れて、馬の尻尾を連想させる。


(あれ?アイちゃんって、太ってる訳じゃないんだ)


身長が高い分、手足も長く、走る度に揺れ動く筋肉は、やはり馬を連想させる。


首筋に噴き出た汗に、送毛が張り付き、想わず見とれてしまう孝志。



その時、急にアイちゃんが振り向く。


(やば!)


慌てた孝志は、バランスを崩し派手に転倒する。


(痛ったぁ~…擦り剝けちゃったよ…)



「何やってるんですか?」


気が付けばアイちゃんが見下ろしている。


うわっ!


驚いた孝志は、手すりにしたたかに頭を打ち付ける。


「痛ったぁ!」


今度は声に出して痛がる。



「よそ見してました?」


「い…いや、ちょっとバランスを崩しただけで…」


「私の方、見てましたよね?」


「そ…そんなとこ?そんなこと?ないですよ…はっは」


(やばい、完全に見透かされている)



「ふ~ん」


「無理は体に毒ですよ」


(それ、前にも聞いた)



アイちゃんはそう言い残し、再びランニングを開始する。


孝志は完全に戦意喪失状態で、そそくさとジムを後にする。





翌日


昨日、アイちゃんが来る日だったと言うことは…


今日は居ない、だろうとの予測。


余裕でジムに行くと…



居るし。




やれやれ、大体俺の予想は外れる。


そう思って、逆張りしても外れる。


俺の人生って…


アイちゃんは、いつものランニングマシンで汗を流している


ん?あれ?


あれは汗?


いや泣いてるのか?


ええ?



続く…


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やせ男とアイちゃん こんさん @konssan

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