第十八話「続・女子会を開きました」

 十一月下旬の某日、葛葉の屋敷にて愛華の四十九日の法要がしめやかに行われた。

 参列者は藍里と智里に加え、美沙奈の両親を含む村の名士ら十数人。生前に愛華と親交のあった人々は、個別に弔問し法要には参加しなかった。

 そして何より、守矢とタケ様の姿も参列者の中にはなかった。神様には神様の事情があるらしい。


 藍里は智里に支えられながらも、施主を見事に務めあげた。智里に着付けてもらった喪服を身に纏い、凛とした立ち振る舞いを見せた彼女の姿に、村の名士達は見惚れたという――。


   ***


「ええっ!? じゃあ、外崎さんは日曜日以外は毎日、街と村を行ったり来たりしてるんですか?」

「おうさ」

「うふふ。葛葉村の衣食住は、外崎のお姉様あってのものと言っても過言ではありませんのよ」


 愛華の四十九日の法要が終わった数日後。葛葉屋敷の座敷に、藍里と美沙奈、更には外崎の姿があった。

 女三人がちゃぶ台を囲み、美沙奈が持ち込んだ洗馬お手製のシュークリームに舌鼓を打ちながら、外崎がお土産に持って来たお奨めのほうじ茶を飲む。以前、大友家のテラスで開かれたものとは打って変わって、和洋折衷のお茶会だった。

 

「そいつは褒め過ぎだよ、美沙奈ちゃん。アタシはただ、親父の後を継いだだけだからさ」

「お父さん……ですか?」

「ああ。街と村の間の輸送はね、元々はアタシの親父がやってたんだ。でも、十年くらい前に腰を痛めてね」

「そこで、お姉様が一念発起して家業を継いで、村の危機を救ってくださったんです!」

「だから美沙奈ちゃん、それは褒め過ぎだって。丁度、家業を手伝おうかって考えた時だったからさ。タイミングが良かったんだよ」


 照れ顔を誤魔化すように、外崎がほうじ茶を啜る。

 女性ながらに百七十ほどあるすらっとした長身が、今は座布団の上にお手本のような正座で収まっている。ほうじ茶を啜っているだけだというのに、その姿はまるで映画の一シーンのようだ。

 やや中性的な顔立ちと相まって、なんとも絵になる光景だった。


 ――そもそも、外崎がお茶会に加わったのは、些細な偶然がきっかけだった。

 十二月最初の日曜日のこの日、藍里と美沙奈は予てから約束していた「葛葉屋敷の書庫探検ツアー」を実行に移すことにしていた。

 そこへ、守矢から頼まれごとをされたという外崎が、美味しいほうじ茶を手土産に訪れ、お茶会に合流したという訳だった。


「そう言えば外崎さん。神様からの頼まれごとって、何だったんですか?」


 藍里と美沙奈が書庫で本を漁っている間、外崎も同じく書庫で何やら作業をしている様子だった。物差しや巻き尺で何やら測っていたようだったが――。


「ああ。神様にね、新しい本棚を設置したいと相談されたんで寸法を測りに来たのさ」

「本棚の設置……外崎さんは、そんな大変なことまで引き受けてるんですか?」

「うん。小包なら郵便局さんの方でも配達してくれるけど、大物はやってくれないからね。だから、アタシが市街で仕入れて、せっせか村まで運ぶんだ。設置はサービスだね」


 葛葉村には郵便局は存在するが、その他の民間宅配業者の支店はない。

 受け付けは葛葉ストアが代理店となり、集荷や輸送は外崎が委託されているのだ。普通の荷物は葛葉ストアに預け、届け先の者が取りに来る方式だが、大物は外崎が村内に輸送してくれていた。


「その細い身体のどこにそんなパワーが……」

「ふふ、こう見えても細マッチョなんだよ。触ってみるかい?」


 言いながら、外崎が右手の袖をまくり力こぶを作ってみせる。その膨らみはあまりにもささやかで、二の腕の太さも藍里とそう変わらないように見える。

 この細腕で、男も音を上げるような運搬作業を毎日毎日こなしているのだ。藍里は頭が下がる思いだった。


「なんか、憧れちゃいます。働く大人の女って感じで」

「だから、そんな大層なものじゃないさ。それを言うなら、藍里ちゃんも東京にいた頃は、書店で働いてたんだろ? きっと絵になっただろうね。美人書店員として」

「び、美人だなんて……私なんて、よそ様に自慢出来るような顔では……」


 飾りのない外崎の誉め言葉に、思わず赤面し俯く藍里。

 一方、外崎と美沙奈は、藍里のその反応に顔を見合わせ首を傾げていた。


「藍里さんは、同性のあたくしの目から見ても美しい方だと思いますが」

「うん。こういう言い方はあまり良くないかもだけど、男どもが放って置かないと思うけどね」

「そ、そんな……男性の方に外見を褒められたこととか、ないですから」


 二人からの素直な誉め言葉に、藍里の顔がますます朱に染まっていく。

 ――厳密に言えば、初めて会った時にタケ様が容姿を褒めてくれていたのだが、藍里の中ではカウントされていないらしい。


「東京の殿方は、女性を見る目が無いのでしょうか?」

「きっとそうだね。もし、村の若い衆が藍里ちゃんを見たら求婚ラッシュだよ。連中が村の外に出ててよかった」

「わ、私のことはもういいですから……。そんなことを言ったら、お二人はどうなんですか? 私の目から見れば、美沙奈さんも外崎さんも、とっても素敵ですけど」


 言ってしまってから、藍里は「しまった」と思った。

 未だ詳しくは聞けていないが、美沙奈は「村から出られない」事情を抱えている。そのことで、異性とのお付き合いも出来ていないのかもしれないのだ。

 外崎も未婚のようだが、男前な彼女のことだ。男には興味が無いのかもしれない。

 「そういったセンシティブな部分に触れてしまったかも」と、藍里は自分の軽率さを恥じたのだが――。


「ふふ、あたくしは昔から神様一筋ですから! 他の殿方には興味ありませんわ」

「あ~、アタシはね、実はまあ、昔から付き合ってる奴がいてね。だから、他の男からどうこう言われた覚えってのは……ないかな」

「あ、そうなんですね」


 藍里の懸念は、どうやら考え過ぎのようだった。

 そういえば、美沙奈は守矢にぞっこんであったなと、今更ながら思い出す。今日も屋敷を訪れた際には、頬を紅潮させながら真っ先に守矢の元へ挨拶に行っていたくらいだ。

 彼女が、どうして守矢にそこまでの恋愛感情を抱いているのかも、未だ藍里の与り知らぬところだった。


「そう言えば、外崎お姉様の恋人の方は、まだ村外でお仕事をなさってるんですか? そろそろご結婚などは」

「あ~、その辺り、ちょっと微妙なところでね。あの野郎、村を出て以来ずっとフリーターの根無し草なんだ。『定職に就いたら結婚しよう』なんて調子のいいことを言い続けてたら、アタシももう三十路さ。村に戻って来て、実家の畑でも手伝いやがれって、いつも言ってるんだけどね」

「分かりますわ。男の意地! というものですわね」


 何故か美沙奈が興奮しながら握りこぶしを作る。

 ――実は、美沙奈の愛読小説に「デキる女である恋人に良い所を見せたくて奮闘するダメ男」の話があり、外崎達の関係性とピタリと重なるシチュエーションなので興奮しているのだが、藍里にも外崎にもそれが分かるはずがなく、ただただ首を傾げるばかりだった。


   ***


 その後、日が傾くまでたっぷりと「ガールズトーク」に花を咲かせ、「明日の準備がある」と外崎が辞した頃には、既に外は薄暗くなっていた。楽しいお茶会もそろそろ終わりだった。


「あ~楽しかった。葛葉のおばあさまもご一緒出来たら良かったのに」

「先約があったみたいですからね。次の機会には、おばあちゃんにも参加してもらいましょう」


 遠ざかる外崎の姿に手を振りながら、藍里と美沙奈は葛葉屋敷の前で笑いあった。

 先程、洗馬に連絡したので、そろそろ美沙奈の迎えも来る頃だった。


「外崎さんって、本当にかっこいい人ですね」

「ええ。ただでさえ、村と外との行き来は危険が伴いますのに、率先して危ない仕事をしてくださってるんです。本当にご立派な方だと思います」

「あの山道を、毎日トラックで二、三回も往復するんですものね。確かに危険な仕事なのかも」

「村の中と違って、外の世界には危険がいっぱいですからね」

「……?」


 なんだろうか。藍里は、今の美沙奈の言葉に些細な違和感を覚えた。

 「村の中と違って、外の世界は危険がいっぱい」という言葉は、裏を返せば「村の中は安全」という意味に聞こえる。


(あ、そうか)


 そこでようやく、藍里は自分の迂闊さに気付いた。葛葉村はただの村ではない。守矢という座敷わらし――ある種の守り神によって守られた土地なのだ。

 土地神である守矢が健在な内は、村を通る「霊脈」が安定し、土地に繁栄がもたらされる。以前、タケ様にそう聞いたではないか。

 葛葉村の人々が村の外に出るということは、守矢の加護のもとから一時的にせよ離れることと同義なのだ。


(……あれ? じゃあ村の若者は、どうしてわざわざ村の外で就職するのかしら?) 


 村の中にいれば安全なのだったら、村にいた方がいいはずだ。にも拘らず、若者達はほぼ例外なく村の外で就職する。葛葉村には農家が多く、仕事自体はそこそこあるはずなのに、だ。

 また新たな疑問が湧いてしまった。


(美沙奈さんに聞けば、分かるかな?)


 そう藍里が考えた、その時。村道を見覚えのある黒塗りの高級車が走ってきた。洗馬が美沙奈を迎えに来たのだ。


「迎えが来ましたわね。では、藍里さん、ごきげんよう」

「あ、さ、さようなら。また今度ね、美沙奈さん」


 結局、藍里は何も訊けぬまま美沙奈と別れた。

 どうやら、この葛葉村には、まだまだ自分の知らない事情があるらしい。そんなモヤモヤを胸に抱えたまま、藍里は去り行く車を見送った。

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