最終話 精霊使いと踊り手の話

 あの日、私が初舞台を終えた王城には、不思議なことが起きるようになったという。


 ひとりでに使用人の仕事が終わっていたり、兵士が見たこともない生き物をあちこちで目撃したり、鳥たちが増えたり、食料が減っていたり……それはクリュニーが言うには、こういうことだった。


「精霊たちがこの国に帰ってきたんだよ。君の踊りを見たくて、王城にいれば君の踊りを見られると思ってる。これはチャンスだ、今のうちに片っ端から契約を結ぼう!」


 とまあ、精霊使いエレメンタクリュニーにとっては絶好のチャンスらしく、毎日王城を駆けずり回っている。もちろん、私も一緒にだ。


 私がクリュニーの隣にいると、勝手に精霊が近づいてきて、踊りをせがむ。踊りを見せて機嫌よくなったところで、クリュニーが契約を結ぶという塩梅だ。古の精霊使いエレメンタたちもこの手法で精霊と契約してきたと言う。


 もちろん、各地に眠る精霊たちのもとへ出向いて契約しなければならないこともあるようで、すでに旅の計画はスタートしている。夏休み、私は両親の許可をもらって、クリュニーとともに精霊探しの旅に出ることになった。


 国王御召しの馬車の一台を貸してもらい、快適な旅に出た私とクリュニーは、一路北へ。雪解けの間に、北国にいる精霊を訪ねるのだ。


 馬車の中でクリュニーは、ぷよぷよまんまるな色とりどりの精霊たちに囲まれて窮屈そうにしながら、こんなことを言っていた。


「精霊って自分も踊りたいんだな……ボールが跳ねてるようにしか見えないけど、踊ってるらし痛い痛いちゃんと踊ってるって! 悪かったって!」


 顔の周囲にいる精霊たちに耳や頬を引っ張られながら、クリュニーは謝っていた。王子だろうと精霊使いエレメンタだろうと、この愛らしい精霊たちを前にしては形無しだ。


 私は隣にいる洋梨型の水風船のような黄色い精霊にもたれながら、その様子を微笑ましく見ている。


「クリュニーさんも踊ったらどうですか? 精霊たちも喜ぶかも」

「ええ〜? 俺はいいよ、クリュニー公爵が精霊に囲まれて不恰好に踊ってるなんて噂立てられたら何か言われそうだし」


 クリュニーは口を尖らせる。


 国王の第四王子イングラム、普段はイングラム・クリュニーとして貴族学校に通う精霊使いエレメンタだ。王位継承問題と精霊使いエレメンタという特殊な身分から、普段は王子ではなく母方のクリュニー姓とその実家である公爵家の一員として過ごしていたようだった。


 とはいえ、そのうち第一摂政に就くことが決まっていて、次の国王である兄王子の補佐のための実績を積む必要があるクリュニーは、貴族社会から離れて王都の外、果ては国外にいることのほうが多くなりそうだった。


 だから、私は——。


「そういえばさ、カテナ子爵に話をしてきたよ」

「父に話、ですか?」

「うん。俺は娘さんにずっと補佐してもらわないといけないから、いっそのこと婚約させてくれって」


 寝耳に水とはこのことで、私は「へ?」と間抜けな声を上げてしまった。


「ダメだった?」

「ダメじゃないですけど」


 頬を膨らませ、照れ隠しに浮かんでいた小さな精霊を抱きしめる私の感情を読み取ったのか、クリュニーの周囲にいる精霊ジーナはクリュニーをつんつん刺したり叩いたりして責めていた。


「痛いって精霊ちゃんジーナ! 俺何か悪いこと言った!? ちゃんとアリアンのことは好きだよ! 愛してる! 一生面倒見るってば!」


 何だか必死な叫びがおかしくて、他の精霊たちもクリュニーをいじりはじめた。精霊の群れの中で慌てふためくクリュニーもさらにおかしい。


 私は、咳払いをして、しっかりと婚約承諾の言葉を贈る。


「しょうがないですね。私は主役プリマですから、踊りにいなくちゃいけないですし」


 私はクリュニーの左腕を引っ張って精霊の中から助け出し、笑いかける。


 クリュニーもまた、嬉しそうに、恥ずかしそうに、笑っていた。


「これからもよろしく、アリアン。俺のことはグラムって呼んでね」

「はい、よろしくお願いします……グラム」


 水色の紋様が浮かぶ手と、私の小さな手が握り交わされる。


 私たちの旅はまだ始まったばかり、この先どうなるか分からない。


 それでも、私は踊りつづけるだろう。


 精霊のための舞がこの国の伝統芸術として、受け継がれていくために。


 主役プリマのアリアン・カテナ——アリアン・クリュニーの名を世に知らしめるために。

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精霊使いと踊りと私と。 ルーシャオ @aitetsu

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