第11話 精霊のための舞

 煌びやかな燕尾服とドレスをまとった王侯貴族たちが、舞台の前にずらりと並んでいる。その中には私の父母もいるだろうが、舞台袖からは見つけられなかった。


 大広間に設置された鉄の盆のような舞台と、重厚なカーテンで仕切られた簡素な舞台袖、すでに舞台の前には母が呼んでくれた管弦楽団のメンバーが準備を終えている。皆年配の、私どころか母よの年齢よりもずっと長い間楽器を手にしてきた人々だ。さすが母の伝手だけあって一流で、たった二日で私の踊りに合わせてくれるだけの力量があった。


「お集まりの紳士淑女の皆様。まもなく開演いたします」


 若い司会進行役の明朗な声が大広間に響く。


 ——行かなくちゃ。その前に。


 舞台袖で控えているクリュニーは、精霊たちに私のバックダンサーをさせるために開演を待っていた。精霊ジーナも精霊ジーニーもやる気満々でぷかぷか上下に浮いては沈んでいる。


「クリュニーさん」

「ん?」

「上手くいったら、褒めてくれますか」


 端的すぎたかな、と言ったあとに私は反省した。これでは褒美をねだる子どもと大差ない。


 私がきちんと精霊のための舞を踊れると示したのなら——精霊使いエレメンタクリュニーの力になれるか、そばにいられるか、と聞きたかったのだ。


 クリュニーあなたのために、そう思えるからこそ、私は頑張れる。


 このときの私はそれが他意なく恋心なのだ、とまったく気付いていなかったが、クリュニーの態度は何であっても変わらなかっただろう。


「もちろん! ちゃんとご褒美もあるから、頑張っておいで」


 背中を押されて、私は舞台へと躍り出る。


 盆上の舞台の中心に立って、私はシャンデリアの降ってくる星のような光を浴びて、片手を前に一礼をする。


 若い司会進行役の明朗な声は、舞台の開始を宣言した。


「今宵のエンターティナーは、カテナ子爵家令嬢アリアン。彼女の踊りをご覧ください」





 遠い遠い昔、私の頭の中にある『記憶』の持ち主は、バレエという舞踏に人生を懸けてきた。


 あいにくとその人は同世代に史上稀に見る天才が何人もいてしまったことから主役プリマを勝ち取れなかったが、それでもその人が一流以上のダンサーだったことは疑うべくもなく、人生の大半を嫉妬と憧憬に苛まれつつも折れず、必死に前に進もうと懸命だった。


 病に倒れ、踊れなくなってからも、彼女の魂に刻まれた執念は濁ることなく、それどころか昇華されて私の中に純粋な『記憶』として残った。私は子ども心に理解できないそれがあまりにも怖くて、『記憶』の大半を占める『踊り』を強く拒絶してきた。


 だが、受け入れてしまった今なら分かる。


 彼女が『踊り』を認められたいと願う心、それは承認欲求とか他者と比較するとか、そういうことではなく、もっと大きな視点から——自分が主役プリマである『踊り』が人目に触れて、存在を残し、いつかどこかに種が蒔かれ花咲くことを望むものだったと私は思う。


 一を認め、他を認めないという価値観は、芸術にはふさわしくない。


 ただそれだけのことだ。






 私と精霊たちの踊りは、最後の一礼とともに万雷の喝采で迎えられた。


 偉い人たち、年老いた人たち、これからの時代を担う人たちが一斉に立ち上がり、両手を打ち鳴らす。この場において、それ以上の感激の表れはなかった。


 今、間違いなくこの舞台上では、私が主役プリマだ。それは私の心を満たし、ひいては『記憶』の中の彼女も満足したことだろう。


 肩で息をして、徐々に落ち着いてきた呼吸と同じく、喝采もまばらになっていく。


 しかしそれは、最前列にいた赤の豪奢なマントと礼服を着た男性が立ち上がり、喋りはじめたからだった。


 イスウィン王国国王ステファノスは、真顔で私にこう迫った。


「アリアン・カテナ。その踊りはどこで身に付けた?」


 寄ってきた精霊ジーナと精霊ジーニーを抱き抱え、私は正直に答える。


「いいえ。体が動くままに踊っただけです」

「そうか。見事な踊りだった、古の精霊の伝説をも思い起こすほどに」

「ありがとうございます、陛下」


 再度の一礼から顔を上げると、舞台袖からクリュニーがやってきた。国王へ向かって、精霊使いエレメンタクリュニーとして進言する。


「さて、陛下。俺はこの子を連れて旅に出たいと思います。彼女なら、すでに精霊が好むほどの踊り手です。俺の精霊集めの旅に大きく貢献してくれるかと」

「いいだろう。皆も異論はあるまい?」


 国王の問いかけに、背後の王侯貴族たちは「異議なし」の叫びと拍手で応える。


 それほどまでに、私の踊りは彼らの心を動かしたのだろう。そう思うと、胸がすうっとする。情熱と執念に燃えてきた体が、冷静になってきた。


 ところが、国王は妙なことを言った。


「では、王子イングラムよ。速やかに精霊集めの旅の支度をせよ。戻ってきた暁には、伝説に従いお前に第一摂政の座を与えよう。よいな?」


 ——王子?


 ——クリュニーが、王子?


 私が今までにないほど目をまんまるくしている間に、クリュニーは観衆へ向けて音頭を取っていた。


「拝命いたしましてございます、陛下。それでは、皆様」


 賞賛の大音声が、うずうずしていた。


 クリュニーの手で背中を支えられ、私は一歩前に出る。


 踊りの主役プリマとして、私は受け取らなければならないものがあった。


「アリアン・カテナへ、盛大な拍手を!」


 大広間に割れんばかりの声援と拍手が鳴り響く。


 かくして、私の初舞台は幕を閉じた。


 これから先の私の舞台は、ここではなく、精霊のいる場所となる。

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