第10話 精霊と支度を

 午後四時に図書館の閲覧室に集合、とクリュニーに言われたとおり、私は閲覧室にいたのだが——。


「あの……マダム・バークレー」


 私は横に立っている厳格そうな中年女性、副学長のマダム・バークレーをおずおずと見上げた。


「何でしょう、アリアン・カテナ」

「なぜこちらに……? もしかして、クリュニーさんが何かやらかしたのでしょうか?」

「あなたには関係のないことです」


 マダム・バークレーにかかれば、バッサリだ。私はそれ以上追及することはできず、木製の分厚いカウンター内にいるカーン先生のところによろよろと逃げる。


 カーン先生は小声で私へ耳打ちする。


「時間は大丈夫かい?」

「ええ、まだ」

「まあ、いつもどおりだろうから、そろそろだな」


 いつもどおりとはどういう意味だろう、と私が思っていると、閲覧室の扉が開き、クリュニーがやってきた。青い精霊ジーナと赤い精霊ジーニーを従えて、堂々と。


 すかさずマダム・バークレーが踵を返し、開口一番にお説教を口にする。


「クリュニー。あなた、また何か企んでいるのかしら? あなたが王城で何をしようと私が出る幕ではありませんけれど、我が校の生徒を巻き込むということなら話は別ですよ」

「誤解ですって、マダム・バークレー。彼女の才能を見極めることが、俺にとっても彼女にとっても有益だと判断したんです。ひいては、国益にまで繋がることですよ?」

「それはどういう意味ですか?」

「簡単なことです。アリアン・カテナ、彼女は精霊のための舞を踊れます。この精霊たちも認めました、だから公的に俺の相棒となってもらうために、お披露目の機会を作っただけのことです」


 クリュニーは得意げに、胸を張って言い切った。目を丸くするマダム・バークレーは、私へ向き直る。


「アリアン・カテナ、そうなのですか?」

「……はい、そうです」


 それがクリュニーから提案された、私の『踊り』を世間に認めさせるための第一歩なのだ。


 精霊のための舞、その枠組みでなら、この国の人々も『踊り』を馬鹿にすることはない。あとは私が『踊り』を極めていくだけでいい。そうすれば、私もクリュニーも父母も、この国だってWIN-WINだ。


 話は終わり、とばかりにクリュニーは精霊たちへ命じる。


「時間がない。精霊ちゃんジーニー、アリアンの衣装を。精霊ちゃんジーナはメイクを!」


 意気揚々と精霊たちは飛んできて、私の周囲に羽や足を伸ばして光りはじめる。


 精霊の力で生み出される衣装の中で、私はマダム・バークレーの鋭い視線を感じ取った。目が合うと、マダム・バークレーは心底心配そうにこう言った。


「本当にいいのですか。あなたの人生が、ここで決まってしまうかもしれないのですよ、アリアン・カテナ」


 マダム・バークレーはきっと、本当はとても生徒思いの優しい先生なのだろう。婚約や政治で振り回される貴族の子女を見てきたからこそ、早々に誰かに人生を決められることを、心の中では忌避しているに違いない。


 私は、しっかりと頷く。


「はい、覚悟はできています。私は、踊りを極めたい。主役プリマになって踊るためには、クリュニーさんの協力が必要なんです」


 私の答えはもう決まっている、だから心配しないで、マダム・バークレー。そう聞こえてほしいと私は願った。


 その間にも、私の衣装とメイクは完成していく。


 精霊ジーニーの羽から生み出されるシフォンよりも軽く、あでやかで、控えめだが七色に輝くゆったりとした長丈のワンピース、足にフィットする舞踏用の靴、精霊ジーニーの羽と同じ薄羽が背中に数枚浮かび、まるで私まで精霊になったかのような格好だ。こうやって精霊に近づいて、仲間のように振る舞うから近寄ってくるのかな、なんて思ったりもする。


 精霊ジーナのメイクは完成したらしく、細長い足の一本で輪っかを作り、その中を鏡面にして私に見せてきた。肌はただ白いだけでなく、鉛色のメタリックを下地に入れているのか、見るものをハッとさせる深い輝きを持っている。眉も目尻もまつ毛も、髪と同じ黒でありながら、水色のシャドウが各所に見て取れる。唇も薄い水色で統一されていた。


 クリュニーが私の手を取る。精霊ジーニーの瞬間移動の輪が作られ、道は整った。


 カーン先生が立ち上がり、マダム・バークレーに合図を送る。


「マダム・バークレー、そろそろ」

「分かっています。では、二人とも。いってらっしゃいまし、幸運を祈っておりますわ」


 私は精一杯笑顔を作って、カーン先生とマダム・バークレーに別れを告げ、クリュニーとともに精霊ジーニーの中へ飛び込んだ。

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