『髪を切るのが苦手おじさん』
小田舵木
『髪を切るのが苦手おじさん』
「髪を切れ髪を」
これは私が父親と顔を合わすと必ず行われる会話である。
私は男にしては髪が長い方に入る。その上、髪を切りに行くのが苦手なのである。
みなさん。髪を切るのって面倒臭くないですか?私は面倒くさい。
だけど私は毛量が多い体質であり、最悪でも半年に一回髪を切らないと、とんでもない事になる。一番髪を切らなかった頃は腰のあたりまで髪が伸びさばらえていた。
私は髪を切られる事が苦手である。至近距離に人が長時間、側にいるのが嫌なのである。アレって妙に圧迫感を感じる。美容室なら世界で一番どうでも良い会話のオマケが付いてくる。親しくもない他人に気を使いながら会話することの苦痛よ。中学生の頃は色気を出して行っていたが、高校生になって以来は床屋に戻った。
◆
色気のない床屋に行こうが。至近距離に長時間居座られる事に変わりはない。
その上眼の前には鏡があり。自分の汚い、デブった顔を見る羽目になる。
私は鏡も苦手だ…と言うより目が合うのが嫌なのである。これは社会人としては致命的だが、うつになって以来はその症状は悪化した。目、アレは意外と妙な力があるものである。
髪を切るときのオーダーも苦手だ。
「どんな感じになさいますか?」
「適当に…」なんて言いたい誘惑にかられる。私はセルフイメージが貧弱で。どのような髪型にすれば良いのか分からないのである。デブった今はなるたけフェイスラインを出したくないが。
髪を切る時に被せられる、髪をガードするポンチョ(って呼び方で良いのか知らんが)も苦手だ。
あの妙な窮屈さが嫌いなのである。別にサイズが合わない訳ではない。
あのポンチョ自体に圧迫感を感じる。閉じ込められたかのような。
そして、その上には私の汚い髪(ケア不足)が積み重なっていくのだ。アレを見るのも妙に忍びない気分になる。
そして。ポンチョに押し込められた私の後ろに理容師が立つ瞬間。アレも苦手だ。どっかの暗殺者じゃないが背後は取られたくないのである。特に信用してない者には。
髪を霧吹きで湿らせて。ついに私の頭に
ショキショキ…と私だったモノは分離していき、燃えるゴミと化す。そこには切なさがある…なんて考えている私は緊張の最中にある。繰り返すが私は人に距離を詰められるのが大の苦手なのである。自分のテリトリーが広いクチな訳だ。
切りかけの頭が鏡に映る瞬間も苦手だ。妙なヘアスタイルのブサイクなデブのおっさんが鏡に映る。不愉快なのである。それに人の仕事をじっくり眺めたいクチでもないのだ。放っといてアガリだけみたいのだ、私は。
髪を切り終えると。
「こんな感じでよろしいでしょうか?」なんて理容師は三面鏡を持って、私の後ろに立つ。
私はこの瞬間も苦手なのである。満足いく仕上がりになった試しがない。大抵はなんだか微妙な仕上がりになっている。思わずため息を吐きたくなるが。ぐっとこらえて、
「問題ないです。どうも」と言う。完全な嘘である。こういうのも神経に良くない。
髪のチェックが終わると。床屋だから洗髪とひげ剃りが付いてくる。
まずは洗髪。眼の前の洗面台に頭を突っ込む。理容室唯一の不満点、洗髪の際に前かがみにならないといけない。これが腰にクる歳になって来た。デブったのもあるかもしれないが。
そして。髪を洗われる時にお決まりのフレーズがある。
「お痒いところございますか?」コレ。意味あるのだろうかって毎度思ってしまう。私はこのフレーズに、
「特にないっす…」以外の返事をした事がない。一種の様式美と化している。
髪を洗い終えると。椅子にまともに座れる。
そして、おもむろにタオルを渡され。顔を拭く。この時顔には髪がいっぱい付いていて。顔が妙にむず痒くなる。
顔を拭き終えれば。椅子はリクライニングし。
顔剃りが始まる。コレも難物だ。私は今、知らん人に顔に刃物を突き付けられているのである。ここで想像力が要らん真似をする。今、
泡立てられたシェービングクリームが顔に塗りたくられ。
私の顔を
ひげ剃りの時に最も嫌なのは。鼻の下を剃る瞬間。理容師の人の指に鼻息がかからないように息を止めるのが、まず面倒くさいし、口元を他人に弄られるのも嫌いなのだ。
顔に刃物突き立てられタイムが終了すると。顔にローションを塗ったくられて。
髪を乾かすフェイズに入り。そして理容師は尋ねる。
「髪、どうセットしましょうか?」私は中学生を超えて以降髪をセットしていない。髪の本来のクセである程度、適当な髪型になるからだ。後、ワックスをベタベタ塗ったくるのも好きじゃない。アレ、油ぎるし、汗と混じると最高に臭い。
「適当に乾かすだけで良いっす…」
「この後出かけたりは?」
「このまま帰りまっせ」
「…」この会話も嫌いだ。私は散髪の前後に予定を入れない。切りたての髪を人に見せたくない。大抵落ち着かない仕上がりだからだ。
髪を乾かしている最中の会話の無さも苦手である。
私は床屋では喋らない事にしている。昔、髪質の事で質問を理容師に投げかけたら
馬鹿にされたからである。アレ以来喋りかけんなオーラを出して理容師にクチを開かせない。
髪を乾かし終えると。改めて三面鏡を見せられ、微妙な髪型を再チェックする羽目になる。
何時だって私はこの瞬間が苦手なのである。私の髪型が落ち着いてくるのは髪を切って1週間。それまでは落ち着かない気分と共に生活しなければならない。
◆
ここまで髪を切ることの悪口をツラツラ書いてきた愚かな私だが。
散髪に関して好きな事が一つある。
会計を済ませて、床屋の外に出た瞬間、切った頭に手を入れる瞬間である。
私は毛量が多いので大抵はガッツリ
頭に適度なスペースがある、コレが快感。しばらくは頭が蒸れずに済む。
◆
えー。散髪に散々文句を言いましたが。
散髪はしにゃならん事だ。そして、それに従事する理容師の皆様、いつもお疲れ様です。お世話になっております。ややこしい客で済みませぬ。
…今日。髪を切りに行く予定なのでこのエッセイを仕上げた。
こういうの書いとかないと、買ったばかりのゲームをやり込んで床屋をサボりそうだから、このエッセイを書いといた。
日が上ったら。床屋に行かなくては。
ああ。面倒くさいなあ。
『髪を切るのが苦手おじさん』 小田舵木 @odakajiki
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