偽善物語
チェンカ☆1159
序
不本意だ。
東雲あかりは機嫌が悪かった。
「そんな嫌そうな顔すんなよ、嬢ちゃん」
「誰のせいだと」
彼女は目の前にいる狐を睨む。こやつはあかりと同じ言語を操る、言わば化け狐だ。名を「蛍夜(けいや)」と名乗ったそいつはつい先程あかりに取引を持ちかけてきた。
「秘密を告げ口されたくなければ、こちらの言う通りにしろ」と。
あかりはいつものように町の近くにある野山へ足を運んでいた所だった。
そこへこの化け狐が突然話しかけてきたのだ。
「やあ嬢ちゃん、今日も茶道教室を怠けてこっちに来たのかい?」
あかりはぎょっとした。まさにその通りだったからだ。
「な、なんで知ってるの?」
「おいらは変化の達人だよ?時々おまえさんに化けて茶道教室に通ってたのさ。こんな風に」
狐はそう言うと、くるりと宙返りをする。そうして地面に降り立った時にはあかりとそっくりな娘の姿になっていた。
「不思議に思わなかったかい?先生に怒られる回数が少なかったこと」
「確かに不思議だったけど……あんたの仕業だったの?」
「そうさ。いやぁ、抹茶は苦いし正座は辛いしで大変だったなぁ」
「そうかい。でも礼は言わないよ。あんたが勝手にやったことなんだから」
あかりがそう言うと彼女の姿をした狐はにやりと不敵な笑みを浮かべた。あかりは思わず後ずさる。
「嬢ちゃん、取引をしようじゃないか」
「取引?」
「そう、取引。茶道教室をしょっちゅう怠けていることを嬢ちゃんの家族に告げ口されたくなかったら、おいらの言う通りにするんだ」
「かっ、家族は困るよ!」
慌てた様子で叫ぶ。特に姉のゆかりとかおりには知られたくなかった。
彼女達はあかりのことをただでさえ出来が悪いと見下してくるのだ。これを知られてしまったら今後さらに悪く言われるようになるだろう。それだけはどうしても避けたい。
「さあ、どうする?」
目の前の自分は嫌な笑みを浮かべている。あかりはしぶしぶ折れた。
「……わかった。言うことを聞くから私とあんただけの秘密にしておくれ」
「交渉成立だな。おいらは蛍夜。よろしく頼むよ」
蛍夜はそう言うと、もう一度宙返りをして狐の姿に戻った。
そして彼の出した命令が、あかりを不機嫌にさせた最大の要因だった。
「なんで私が人の為に善いことをしなければならないんだい」
他人の為に善行を働くこと。
それはあかりが最も嫌うことであった。
偽善物語 チェンカ☆1159 @chenka1159
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