風のない夏。


 風のない夏。

 屋上。

 右に広がる空は青く落ちていく。

 縦に引かれた地平線を這って雲は大きく流れていく。

 左に伸びる街は積み重なっている。


 細長い竹製の棒が耳の中の壁を伝って神経を探している。鉤状の先端は鼓膜付近まで降りてしまった、そんな気がする。くるくる向きを変えながら硬い凹凸の表面をなぞっている。確かめるように往復している。やがて奥まった掻痒に──ぐっ、と引っかかった。柔らかな痛み。けれど棒は、僕の感覚なんて知らずに、今度は上昇を始める。壁と皮の境目に自身を潜り込ませて、ごごごごっ、と剥がしていく。まるで神経がめくられてぷつぷつ千切れていくようだ。裏から現れた新鮮な皮膚が擦られる刺激に耐えがたく、僕は、腰の裏側をくすぐられた。削がれた断片は大きさを想像するだけで垂涎ものだ。轟音は入り口まで登っていくと水面から顔を出したように、霧散。


 僕は期待に満ちた顔で上体を起こした。

 そのとき、ばっ、と一度だけ風が吹いた。

「飛んでっちゃった」

 彼女の残念そうな声が響いた。




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めがっさみじか小説 新数 @Arazu

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