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 机を挟んで二人は再び対峙する。

「あなたのご子息様ですね?」

「アイツ、何やらかした?」

「お父さんと同じことですよ」

「何だと!」

「どうしようもない息子さんですなあ」

「アイツがやったって証拠はあるのか!」

「被害届も出ています。目撃証言とも一致しました」

「チェッ、ドジ踏みやがって……」

「もうよろしいでしょう。あなたを起訴します」

「ナニ! 起訴だと。気は確かか? お仕事、間違ってますよーだ! オレが教育し直してやろうか? 検察官、気取りやがって、バーカ。何様のつもりだ。テメエはたかが警官だろうが! それに証拠もねえのにそんなこと……」

「ほほう……法律にお詳しいようで。慣れていらっしゃる。ということは……さぞかし、経験豊富なんですねえ」

「そ、そんなんじゃ……世間一般常識だろうが!」

 どこからともなく、この取調室に鐘の音が忍び込んできた。

「除夜の鐘ですなあ……。もうじき年が明けるのですねえ。もう楽になって新年を迎えてはいかがです?」

 依然、容疑者は口を割ろうとはしなかった。

 容疑者がだんまりを決め込んで十数分が過ぎた。壁に掛かった丸時計の長針はあと一分で午前零時を指そうとしている。私は秒針を目で追いながら心の中でカウントダウンを始めた。

 ──あと10秒……5、4、3、2、1、……

 静かに立ち上がると、警部補の背に向かって一礼した。

「明けましておめでとうございます」

「新年おめでとう」

 警部補はチラと時計を見ると、振り返り様微笑んだ。そのまま容疑者に柔和な顔を向ける。と、急に立ち上がった。けたたましい音を立て、椅子が倒れた。

「な、なんだ!」

 容疑者は目を丸くして警部補を見上げる。

「しらあ切ろうってえのか! 証拠は挙がってんだよ! さっきから言ってんじゃねえか! 起訴は確実だろうが、細けえことぬかすな! 観念しやがれ、コノヤローめ! ええっ! 」

 警部補の態度は一変し、鬼の形相で獲物を見据え、巻き舌で凄んで見せる。

 獲物は一瞬ビクッと体をけいれんさせ、後ずさった。が、捕食者に首根っこを引っつかまれ、椅子に尻を、机に顔を押し付けられる。

「だ、だから……どんな証拠なんです? ダ、ダンナ……」

 自由を奪われた獲物の断末魔の喘ぎ声が漏れた。「目撃者もいねえし……」

 捕食者はようやく解放してやると、静かに椅子をおこして腰掛けた。

 容疑者は怯えた表情で背を丸め、上目遣いにチラチラと警部補に視線を送っている。

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