メガネザル療法
井中昭一
メガネザル療法
目が悪くなってきた。
メガネ屋に行かざるをえない。
ちょうどよく、新しいメガネ屋が近所にできたという。しかも開店セールで全品半額らしい。
こぢんまりした店は今時珍しく手動ドアだった。カウンターがガラスケースになっており、メガネが整然と並んでいる。
新装開店の割に古ぼけた店内を見回すと、天井近くの壁から木の棒が突き出ており、そこにメガネザルがいた。
店主はカウンターで競馬新聞を読んでいた。メガネはしていなかった。
「初めてかい」
「え、あ、はい」
「まずは検査からだね」
店主はバックヤードに引っ込むと、原始的なランドルト環の列を運んできた。黒い下敷きを渡され、僕は流されるまま上下左右を淡々と答えた。
ガチャ目だね、と店主は言った。
「おすすめがあるよ」
店主が右手を上げると、メガネザルが手首を伝い腕を下り、肩に落ち着いた。
よく見ると足に値札がついていた。
僕はおずおずとメガネザルを指差し店主と目を合わせた。店主はにこやかに頷いた。
「あの」
「ん」
「サルも半額になるんですか」
「あたぼうよ」
気がつくと僕は万札を差し出していた。
メガネクリーナーの横に餌用のコオロギが売られていた。それもついでに買った。木の棒も買った。
メガネザルは僕の右肩に跳び移ると、右の目尻を強く引っ張った。目が引きつられて焦点が合い、視界が鮮明になった。
店主から手鏡を渡された。
「似合ってるよ」
手鏡を返し、僕は店を出た。
自室に着いた僕は木の棒を設置した。なかなかの上出来だった。
腕で坂を作ってやると、メガネザルはするすると上って棒に移った。顔のほとんどを占める目が僕を見下ろしていた。
肩が凝った。首を回すなどして筋を伸ばす。
餌の虫は直接触りたくなかったので、割り箸で出した。すると呼んでもいないのに下りてきて夢中で頬張りはじめた。ブラシをかけてやると目を細めていた。
電気を消してベッドに潜ったとき、メガネザルに名前をつけていないことに気づいた。
了
メガネザル療法 井中昭一 @shoichi_inaka
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