ep.006 推理演習/テーブルの下の男

 授業が終わるチャイムが鳴った。

 シャーロット先生が推理演習に使用していたスタジオをさっさと出ていくと、その後をぞろぞろと探偵科の生徒たちが退出していく。


 動かない探偵は、先ほどシャーロット先生と話していた場所から一歩も動かなかった。

 しかし視線は、探偵科の生徒たちの背に向けられていた。


 すると、動かない探偵の視線に気付いた生徒が一人、彼に振り返る。

 亜麻あま色の柔らかな髪が揺れる。

 探偵科で最年少の生徒、石原いしはら悟市さとしは、あどけない笑みを浮かべながら、動かない探偵に駆け寄った。


「動かない探偵さん、ボクと一緒に行きませんか?」


 石原は動かない探偵の手を取ると、引っ張るようにスタジオを出る。

 真っ白な廊下を歩きながら、石原は子どもらしいソプラノの声で、動かない探偵に話しかけた。


「今回の推理演習も、楽しかったですね! 現場はアパートの一室。心肺停止状態で倒れていた男。ボク、わくわくしちゃったな! 彼が誰かと争った形跡はなく、テーブルの上に食べかけのパンケーキと、空っぽのマグカップがありましたね。実はボク、味見探偵さんと育児探偵さんが推理を始める前に、こっそり事件現場を確認したんです。シャーロット先生には内緒ですよ? キッチンを調べてわかったんですが、彼は一人暮らしで間違いないですね。食器が一人分しかないし、コップ類もテーブルの上のマグカップ一個だけでした。部屋の中やキッチンには、コンビニの袋、容器が洗われていないお弁当類と、中が洗われていないペットボトルがけっこうありましたね……そうそう。テーブルの上のパンケーキ。あれは、冷凍食品でした。パッケージがゴミ箱に捨てられていましたから。そして彼の唯一のマグカップ、あれは内側のシミや汚れから、洗われずに何度も使用されていたようですね。なんで洗って使わなかったのでしょう? いや、洗えなかったのではないでしょうか? 冷蔵庫の中も確認すると、中は空っぽでした。アパートの一室のどこにも、飲みかけや備蓄用のペットボトルや飲料水がありませんでした。あと、水道の蛇口からは、


「……」


 よくしゃべる石原に対し、動かない探偵は口をつぐんだままだったが、石原のことをじっと見つめていて、話を聞いている様子だった。

 動かない探偵が話さずとも、石原はお構いなしに喋り続ける。


「ボク背が低いから、水道メータを確認できなかったんですけど。おそらく彼は、です。飲み物が無いから飲み込めず、吐き出そうにもパンケーキは水分を吸ってしまうからうまく吐き出せず、助けを求めようにも声を出せなかったんだと思います……動かない探偵さん、知っていますか? 家庭内事故死って、交通事故死の四倍以上なんですよ?」


「そうだな」


「さすが、動かない探偵さん! なんでも知っていますね。カッコイイです」


 石原が動かない探偵に向かって、屈託のない笑顔を見せる。

 動かない探偵は石原を見ているだけだが、石原が繋いだ手は離さず、しっかりと付いてきていた。


ーーーー


校名:探偵助手専修学園

〜Specialized Training College for Detective & Assistant〜

通称:タンジョ

学科:探偵科、助手科

入学資格:中卒以上、年齢性別国籍不問


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タンジョ〜探偵科と助手科は同じ実習室で推理する〜 春木のん @Haruki_Non

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