必要
好きにしていいぞ。
そう言われることに疲れました。
馴染みのある姿と声で、クロウは言った。
道香の意見が聞きたかったのです。
道香の命令が欲しかったのです。
私が文鳥に変形して、記憶喪失にもなって、あなたがチヤホヤしたら、元に戻る。
相談した九劉が行ったことは、私と少し違う展開になってしまいましたが、あなたの意見を聞くという意味では同じだったので、ペット型AIロボットの文鳥にはそのまま自宅にいてもらったのですが、それでもあなたは、あなたの意見を言いませんでしたね。
「私が自宅で望むのは、安心して、寝て、食べて、シャワーを浴びられる空間と時間の確保だ。クロウにはそのために働いてもらえばいい。それ以外の意見は持ち合わせていない。思考を巡らせることも極力しない。もし、クロウが意見と命令を欲しているのならば、私の元で働くことが苦痛だというのならば、私は、クロウに申し訳ないことをしたと思っている。すまない」
「いいえ。AI家事ロボットとして、過ぎた意見を持ちました。私は不要ですか?」
「いや」
道香は一旦間を置いてのち、言葉を紡いだ。
「不要ではない。が。私は会社のパソコンに命を落とすことにしたので、クロウはクロウが必要な人の元へ行ってくれ。私の肉体は不要なのだろう?」
「私は………お待ちしていても構わないでしょうか?道香の自宅で。道香が道香の肉体に戻ってくるその日を」
「多分………戻ってこない」
「はい。構いません。道香の肉体に死が訪れるまで。それまで、家事をお任せください」
「いいんじゃねえか。待ってもらっとけよ。肉体に戻ってくるかもしれねえだろう」
戻ってこないって断言できないだろ。
茶目っ気たっぷりに九劉に笑顔を向けられた道香は、ほんの少しの間思考を巡らせたのち、だったら、頼むと言った。
「もしも肉体に戻って来ても、多分、私は変わっていないと思うが」
「ええ。構いません」
「そうか。なら、九劉。クロウを頼む。クロウ、自宅と私の肉体を頼む」
「おう」
「はい。お任せください」
頼んだ。
道香はもう一度言ってのち、クロウと九劉に背を向けると、行ってくると言ってその場を出て行ったのであった。
「本当に良かったのか?」
道香が出て行ってのち、九劉はクロウに尋ねた。
「ほかの家に行ってもいいんだが」
「うそつき」
「………ばれた?」
「わかりますよ。私は道香のためにあなたに創られた人型AI家事ロボットですよ」
「いや。メンテナンスすれば、別に」
「する気もないですよね」
「いや。クロウが頼むなら。するよ」
「頼みません。私は道香の家で、家事をしています」
「戻ってくると思うか?」
ふふっと、クロウは笑って、どうでしょうかと言ったのであった。
「じゃあ。質問を変える。戻ってきてほしいか?」
「ええ。一緒に待ちましょう」
「………ああ」
道香は会社のパソコンに命を落としてのち、クロウは道香の肉体を見守りつつ、家事をしていた。
鼻唄を奏で、しょっちゅう尋ねてくる九劉をもてなして。
道香が肉体に戻ってくるのを待ち続けた。
お帰りなさい。
その言葉を九劉と言える日を想像しては、心が躍るような気がしたクロウであった。
「ああ。くたびれたなあ。クロウの手料理が早く食べたい」
「はい。少々お待ちください」
(2023.12.23)
ゆきわたりてむぎのびる 藤泉都理 @fujitori
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