転生

@d-van69

転生

 参列者の席には大勢の人たちがいた。知っている人、見たこともない人、いろいろだ。涙を流してくれている人もいるが、半年もすればきっと私のことなんか忘れてしまうだろう。だって、その程度の付き合いでしかなかったから。

 焼香を終えた人たちがひそひそとささやきあっている。その見つめる先には親族席があった。そこには憔悴した様子の父と母がいる。二人にだけは、本当に申し訳ないことをしたと思う。これ以上の親不孝はないはずだ。

 ただ母には一つだけ言いたい文句があった。祭壇に掲げられた私の遺影。どうしてこの写真を選んだのだ。もっといいものがあっただろうに。やっぱり遺書を残しておくべきだった。お気に入りの写真を添えて。

 受付で香典を手にした男が目に留まった。ヨシキだ。まさか彼まで来るとは思わなかった。いったい誰が知らせたのだろう。

「おい。あの男がどうかしたのか?」

 知らず知らずに険のある表情になっていたようだ。死神が私の横顔に問いかけた。

「別に。元カレってだけよ」

「へぇ」と死神は物珍しそうにそちらを見た。

「お前、もしかしてあいつにフラれたから死ぬ気になったのか?」

「違うわよ」

 否定したものの、確かに私は彼にフラれた。でもフラれたから死んだわけではない。私はそれくらいで死ぬような繊細な女じゃない。

とは言え彼のことは好きだった。それまでのどの男よりも愛していた。だから裏切りを知ってから、どう復讐してやろうかとそればかり考えてきた。まさに可愛さ余って憎さ百倍ってやつだ。

「そんなことより、ちゃんと願いは叶えてくれるんでしょうね?」

「もちろんだ」

 にたりと笑った死神は、

「お前にはその資格があるからな」

 それは偶然見つけた都市伝説のようなものだった。とある条件を満たした死に方をすると、特別な死神を呼び出すことができる。その死神に願えば、死後の世界でどんな望みでも一つだけ叶えてもらえるそうだ。例えば、道連れに誰かを殺したいとか、逆に本来生きるはずだった残りの寿命を誰かに分け与えるとか、あるいは速やかに生まれ変わりたいとか。

 私は迷うことなく行動に移した。自死の方法は苦痛を伴い、亡骸も悲惨な状態となったが、おかげで死神に出会うことができた。

「で、お前の望みはなんだっけ?」

「すぐに生まれ変わらせてほしいの。今の記憶を持ったまま」

 ホゥ……と声を漏らした死神の視線が一瞬元カレの方に向けられた。

「まさか、絶世の美女に生まれ変わって、あの男ともう一度付き合おうって魂胆か?」

「とんでもない」

 好きだったのは確かだが、あんな最低の男ともう一度付き合おうとは思わない。私と交際中だったにもかかわらず、浮気をして、その相手を妊娠させた奴だ。挙句、責任をとってその女と結婚してしまったのだ。私への責任はないのか?こんなことになるなら真面目に避妊なんてしなけりゃよかった。と、あいつにぶちまけたところで何が変わるでもない。

 私の話を聞いていた死神は、「それはお気の毒に」と同情の言葉をくれた。でもそんなものは要らない。私に必要なのは、願いを叶えてもらうことだけ。

「それならお前は何に生まれ変わりたいんだ?」

 死神の耳元に口を寄せ、囁いた。

 怪訝な顔の死神がこちらを見る。

「そんなものに転生して、どうするつもりだ?」

「さあ、どうしましょ」

 可愛く笑って見せると、死神は呆れ顔を浮かべた。

「どうでもいいよ。さあ、もう行くぞ」

 その言葉を合図に、私はあの世へと旅立った。



 1年後。

 ベッドに寝転がった私にヨシキが歩み寄る。愛しそうな眼差しで見つめてから、そっと私を抱いた。

 その温もり。あの頃のままだ。一瞬情が移りそうになるが、本来の目的を思い出す。

 今、あんたはとても幸せだろう。これからどんどんその度合いは増していくはずだ。その様子を、この先ずっと私が見届けてやる。そして、いつかその幸せが絶頂に達した時、それらをすべてぶち壊してやるから覚悟しておけ。

 そんな私の考えに気付くはずもなく、ヨシキは私の体を天井に向かって持ち上げた。

「高い高い高―い」

 私は手を振りながら、無邪気に笑って見せた。


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