追放騒ぎのあったパーティーに、あとから入ってきたモブですが何か?

Gart

追放騒ぎのあったパーティーに、後から入ってきたモブですが何か?

 若いころ、とある冒険者パーティーに同行していたことがある。


 そのリーダーは『自分は前世、別の世界の住人だった』と大層なホラを吹く女で。


 オレのことを


『存在感のない、まるでモブのような男だよね、キミ』


 と、口癖のように言っていた――。









 辺境都市アルフレム。


 そこは王都から、魔物巣くう『見捨てられた土地』へ行く際に通る最後の大都市。


 魔王が存在していたころは、ただ補給を担うだけの荒んだ町にすぎなかった。

 だが、討伐によりその厄災が過ぎ去った今は魔物の襲撃もなく。


 色々な民族や職業や素性の連中が集まる混然とした街だが、まあ平和ではある。


 だが平穏かというと……そいつはどうなんだろうな、って話にはなるか。

 これだけ野郎どもが集まれば、もめ事がないはずもない。


 貧民街や裏ギルドの連中によるスリや盗難騒ぎがあったり。

 乱暴な兵士や冒険者が、酔っ払った勢いで周りの住人に因縁つけたり。

 冒険者パーティーで仲間同士の喧嘩や、追放騒ぎがあったり。

 てな。





 アルフレム中央。

 そこにある高めの宿の少し広めな客室。

 その室内の、打ち合わせ用にあつらえた部屋。


 そこに若い男が1人、女が2人、そしてオレがいた。


 男はその部屋の一角にあるソファーに座っている。

 そしてオレのほうを値踏みするような――

 いや、欠陥品に使い道がないか考えてるような視線でじろじろと見やがる。


「おいおい、ホントにこんなオッサンが使い物になるのか?」


 男は開口一番そんな失礼な言葉をぶちかました。


「おまけにユニークスキルが『食わず嫌い』って、お料理スキルかよ? それ。

 お前、料理人かなんかか?」


「ええ。普段は裏通りの酒場で料理や酒を提供しています。

 冒険者ギルドへはダンジョンで食材を調達する都合、登録してまして……」


「ぎゃはははは! なんだよ本職の料理人か、オモシレー」


 オレの丁寧な答えに爆笑する男。

 コイツが今、街で話題のA級冒険者『アッシュ』だ。


「ホントに大丈夫か? ソフィア」

 

「これでも下級回復魔法は使えるようだし。

 試した限り格闘術はB級冒険者の域に達してる。

 見た目は頼りなさそうだけどギルドからの推薦もあったし、大丈夫じゃない?」


 その傍らに立つ、長身で少し筋肉質の美人が答えるように口を開いた。

 さっき彼女とは模擬戦をしている。


 オレの戦闘スタイルは、魔術で身体を強化して拳で戦うバトルメイジ。

 剣士である彼女とは相性が悪い。

 だが、それを差し引いてもA級冒険者の肩書きに恥じない強さを見せつけられた。


 ただ――


「おいおい、オレたちはA級冒険者だぜ?

 B級程度の奴がついてこれるのかよ?」


「いやいや。

 『回復魔法がある程度使えて、自分の身は自分で守れる人』

 で募集してたはずじゃないか。条件は満たしているでしょ?」


「でも、ホント。もっとマシな奴は来てねーのかよ……」


 ぶっちゃけた男の言葉を聞いて、心の中でため息をつく。




 数日前、ギルドから直々の要請があった。

 内容は『冒険者パーティー『暁の翼』への臨時参加およびクエストのサポート』


 『暁の翼』ってのはS級への昇格も期待されている新進気鋭の冒険者パーティー。 

 街の上役が最近、ある討伐案件を解決するため街へ呼び寄せたらしい。


 ところが最近メンバー間でいざこざがあり、パーティー内の回復術士が離脱した。

 しかもウワサでは『リーダーが難癖をつけてパーティーから無理やり追い出した』

 とかなんとか。


 クエスト前にこんなもめごとなんて。

 事実ならリーダーの資質以前に常識が疑われるところだ。


 案の定、募集に応じる冒険者は皆無。

 オレだってギルド長への義理がなければ、誰がこんなパーティーに。


 もっともまあ。

 オレのような半端者の『モブ』にはお似合いの依頼に違いない。



 だがどうやらお呼びじゃないようだし、帰るか。

 なんて思ってたら、1人の少年が勢いよく入ってきた。


「あの、ボク、新しいスキルを身につけたんです!

 だからパーティーを追い出すのは待ってもらえませんか!」


「リオ! テメエなあ! オレは勇者コウの伝説越えを目指してるんだよ!

 足手まとい野郎は来るんじゃねえ!!」


 ああ、なるほど、彼が追放された回復術士か。聞いてた通りだ。


 年齢のわりに小柄で、妙に顔立ちが整った少年。

 あと数年もすれば大層モテる――


 ? いや、違う。この子は……。


「あの……差し支えなければ、この子を追い出したわけを聞いていいですか?」


 オレの問いに、静観していた妖艶な女魔術師『アリア』が軽く説明してくれた。


 今のリオは中級回復術しか使えない。

 上級の行使には教団の正団員になる必要がある。


 だがこの子はその試験に失格。

 成績以前に神の加護が全くない、と判断された。


 S級を目指すパーティーにそんな奴はいらない。

 と、追放されたのが真相らしい。



「あの、わたしが言うのもなんですが。

 この子を追い出すの、ちょっと待ってもらえませんかね」


 オレらしくもないが……。

 色々気になることもありつい口出してしまった。


「はあ? そもそもテメエを加入させる気なんて――」


「ああ、そういえば、ちょっと店で作ってきたんでした。

 お近づきの印に、これを……」


 オレは腰の物入れから包みを取り出す。

 どこかのタイミングで披露しようと思ってたものだ。


 そこから発せられる微かな、だが特有の甘塩っぱい匂い。

 ソフィアが吸い寄せられるようにそれを手に取り、包みを開く。


 それは、朝一で仕入れた食パンに具を挟んだもの。

 具材は特製の甘塩のタレを絡めてじっくりと焼いた鳥肉。

 そしてシャキッとした葉野菜といったところ。


 ほら吹き女が『テリヤキサンド』と呼んでいたものだ。

 その昔、オレがアイツのムリな注文に色々応じて完成させた料理である。



 その手土産と交渉で、状況は一気に好転。 


 一週間後クエスト前日にテストを行い、結果しだいで再加入。

 ということになった。


 うん、こういうときは胃袋を掴むに限るな。 



 宿を去り際、リオと話をする。


「その、どうしてボクを庇って……」


「お前さん、女の子だろ」


「! どうしてわかったんですか!?」


 彼女は、女性であることを隠してるようだった。

 まあ確かに冒険者としてはそのほうが都合がいいだろう。


「恩を感じてるなら、オレの特訓を受ける気はないか?

 女だってわかった理由もそのとき話してやる」




                ---



 昔。

 魔法と言えば『マナ操作』がその全てだった。


 それは体内の呪術回路を通してマナをコントロールする技術。

 王国で30人もいない高性能の回路を持つ者は将来を約束された存在。

 オレもそんなエリートの1人だった。


 だが、魔術界に技術的革命が起きる。

 呪術回路を頭の中にイメージ。それで魔法を発動する方法が確立したのだ。


 魔法は、そこそこの素質でも簡単に使えるようになり、発展していく。

 やがて持ってる魔素量が魔道士の力を測る基準の全てとなった。

 

 そして凡人並の魔素量しか持たないオレは時代の波に乗れずポンコツ扱いされた。

 今から15年ほど前の話だ。



                ---



 面接の次の日。

 オレとリオは、特訓のために近くのダンジョンに――


 なんて行かず、店の奥の調理場に立っていた。


「……それで、芋の仕分けでボクは強くなれるんですか?」


「もちろん。まあ、聞きな。

 お前さん、美味しい料理を作るコツってなんだと思う?」


「……愛情、ですか?」


「可愛いこというねえ」


 まあそれも大切だが。


 ぶっちゃけ、

 良質な食材を。

 適切な力加減で扱い。

 適切な量に整え。

 適切な時間調理する。

 これさえ守ってれば、大体の料理は美味しくできる。


 なんてことを説明したら、彼女に渋い顔をされた。

 まあ確かに、これは基本以前の当たり前の事実ではある。


 だが、同時に料理の奥技でもあるわけで。


 それを今から説明してやろう。




 一見簡単にできそうな話。

 ただそれを厳密にやろうとすれば、難易度が格段に上がる。


 例えば食材の厳選。


 こいつは料理の出来の9割を決める。

 それは、単に高級食材をそろえればいいだけの話――ではない。



 例えばレシピに『トマスの実1つ』とあったとする。


 だがこのトマスの実。

 店に並んでいる品でも、大きい物と小さい物で1.5倍は大きさが違う。

 当然これが、できあがった料理に無視できない味の変化をもたらすわけで。


 なら、重さで切りわけるのはどうか。

 だとしても、1つ1つ時期によって鮮度や水気、酸味が変わるわけで。

 だから、料理中に味見してイメージと出来上がりとの誤差を埋めていくわけだ。



「だがそれらの把握を、より正確に行う方法がある。

 そしてそれは、お前さんやオレの持つスキルの本質にも関係してくるんだ」


「ボクのスキルの本質?」


「そう。

 お前さんのスキルの本質は『マナ操作』だ」




 本来、自然に頼らず体力などの回復を行うには、神様に祈るしかない。

 ざっくり言えば回復術とはそういうものだ。


 だが一つ例外がある。

 それは、マナを操作することによる自分の回復力の強化。


 マナ操作は原始魔法とも言われ体内の呪術回路にマナを流し込み魔法を発動する。

 オレの若いころは、魔法といえばこいつのことを指していた。


 これなら神様に祈らなくても回復ができる。

 ただそれは、自分自身にしか効果がない。


 だがリオの場合、外から他人のマナを操作してそれを成せるようなのだ。

 だから術者に神の加護がなくても、他人の回復ができる。


 これが、失格者リオが回復できるカラクリ。

 しかも彼女は、それを知識もなく我流で身につけたという。


 とてつもない奇跡的な才能。

 数十年前なら、聖者の扱いを受けていたことだろう。


 それをリオに説明してやる。



「でも結局、ボクが上級回復術を使えない事実は変わらないですよね」


「いやいや、そうじゃない。

 つまりお前さんは修業するだけでさらに回復力が増強できるってことだ。

 神様なんぞに頼らなくても」


「! ホントですか!?」


「それだけじゃない。

 例えば、オレはマナ操作を自分の力の増強に使って戦っている。

 訓練すれば、お前さんにもできるはずだ」


「そうしたら、前衛でも戦える……」


「さらにだ。

 戦士とか回復術士とかの枠に囚われない冒険者になれるかもしれない。

 ほかの誰にもマネできない、な」


「ホントに、ボクが……」


「で、それを鍛えるための手段の一つが、芋料理ってわけだ。

 って、そんな顔するなよ。

 とりあえず、回復術をかけるイメージで芋をじっと観察してみな」


 素質があれば、やがて物体に滞留・流動するマナが視れるはず。

 それで、そのモノの性質を感じとらえることが可能。


 それに慣れれば、成分量などを的確に把握できるようになる。


 ちなみにリオが女子だとわかったのも、彼女の身体のマナの流れを視たからだ。



 芋の仕分に慣れたら、今度はそれを料理。

 具体的にはオレが調理している横で、そのマナを視ながら真似させる。


 できあがった芋料理の味で、その感覚の練達が確認できるってわけだ。



 この特訓が完成するのは多分期限ギリギリになるだろう。

 そこから格闘術をどれだけ詰め込めるかが勝負のカギ。



 ……なんて思っていたが。


 やらせてみたら、最初の一回でほぼ完璧にコピーしやがった。

 天才と言うしかない。


 その後、包丁さばきなどでマナ操作と力加減の訓練。

 並行して近接戦闘の手ほどきもする。

 これも料理同様、驚くべきスピードで吸収。


 当初の想像より遙か上をいく結果を出している。

 これだから天才は……。


 ほかにも彼女の特異なスキルに特化した色々な訓練法を考案して試してみた。


 例えば鍋の中の空気にマナで干渉させて圧力鍋を再現させたり。

 液体を細かくマナ干渉でかき混ぜさせたり。


 とにかく期限は限られている。

 なんでもやらせてみないと。




 彼女がオレの店に住み込むようになってから少したって。


 どうやら、アッシュもリオが女子であることに気がついたらしい。

 奴がよく店に来て彼女にちょっかいをかけてくるようになった。



「へへへ、オレのパーティーにどうしても戻りたくて、臭えオッサンと修業かよ。

 まっ、がんばれや」


「もっとも、戻ってきたところで足手まといにしかならねえだろうが……。

 まあ、オレの為に手料理を作らせてほしいって頭を下げるのなら。

 このアッシュ様の気も変わるかも知れねえなあ」


 なんて、ウンザリするようなセリフをリオに対して投げつけてくる。

 ……ていうか彼女、テストするまでもなくもう戻れるんじゃないか?


 リオはそのあたりどう思ってるんだろうな。

 今も、初日から変わらない熱心さで特訓に励んでいるが……。




 そしてテスト当日になる。


 彼女は、姿を見せなかった。




 オレは出発ギリギリまで彼女を探した。

 だがその姿を見いだすことはできず。


 いったいなにがあったんだ?


 事故でもあったのか。この街を去ったのか。

 あるいは、単身目的のダンジョンにもぐったのか。

 考えればキリがないが……。


 しかたがない、今はクエストに集中するしかあるまい。



 今回依頼されている討伐対象『魔像ガルベルス』はゴーレムの一種。

 古代文明においては門番として使用されていた。


 古代遺跡では稀に、いまだに稼働しているものが冒険者の行く手を阻む。

 それだけならまだしも暴走して地上に出てくる場合もある。


 それがダンジョン奥底の扉の前に3体いるという。


 知能こそないが、攻撃、防御どちらの能力も高い。

 4、5体も現れれば、S級冒険者でも厄介な話になる。

 

 さてこのパーティーにそこまでの実力を期待できるか……。




 ある種の不安を抱いたまま、オレたちは遺跡最奥へ到着する。


 期待は裏切られた、なんてもんじゃなかった。




「クソッ! なんでこの攻撃を避けられるんだ!」


「オイ、おっさん! 足引っ張るんじゃねーよ!

 テメエが後ろでちょろちょろしてたら集中できねーんだよ!」


「おい! 魔像がそっちへ行くぞ!

 おっさん! 高みの見物なんてしてねえで、後衛で対応しやがれ!」


 アッシュの焦りをにじませた怒声が響く。

 オレが回復だけではなく牽制や威嚇に回ることでなんとか陣形維持している状況。


 瞬殺されないだけマシだが、それだけでしかない。


 敵が強いからか。

 いや、明らかにアッシュ達の動きが鈍い。


 攻防の立ち回り自体は高レベル。だが、それが続かない。すぐに息切れする。

 技量に体力が追いついていない。とでもいうべきか。


 ハッキリ言って『A級冒険者としては、お粗末』


 その理由もわかってる。

 模擬戦でソフィアと戦ったときも感じたが、マナの循環が大きく乱れているのだ。


 それさえ整っていれば、S級にも匹敵する力を発揮できるだろうに。



「こんな……俺たちは暁の翼だぞ!!!」


 不意に、アッシュが怒鳴り声を上げる。


「……どうして! こんなことに!」


「お前がリオを追い出したからだ」


 思わず答えてしまう。


 彼女のマナ操作による回復は、同時に相手の体内マナの流れを整えていたのだ。

 それは身体機能の向上をもたらす。


 本来は戦士なり魔道士なりの修業の中で少しずつ身につくもの。

 それを、彼らはリオの回復術により短期間で身につけていたわけだ。

 十数年分の修業の成果を先取りしていたようなもの。


 だが苦労せず得たそれはリオが定期的に回復を行わなければ元に戻っていく。

 彼女がいなくなりそれを受けられないことが、今の不調をもたらしているわけだ。


「ウルセエ!!! あんな奴なんて知るかよ!

 だってアイツ、アリアに色目使ってやがったんだぞ!

 追い出されて当然だろ!」


「でもあの子は女――」


「なんで今さらそれ言うんだよ!!!

 だからせっかく可愛がってやろうと思ったのにアイツは――!!!!」



「撤退しよう! アッシュ!」


 ソフィアがアッシュの怒声に割りこんで撤退を提案してくる。


 だが、

 

「このまま大した戦果も挙げられずに帰れるか!!!!」


 アッシュは叫び、そして1体に向けて駆け出す。


 一体だけなら速攻でなんとか倒せると思ったか――だが、そんなわけない。





 オレはとっさにアッシュの元に駆け寄っていた。


 このままだと奴は間違いなく死ぬ。


 ハッキリ言って自業自得。

 見捨てて逃げたとしても、周りが非難することはあるまい。


 だとしても。

 これ以上、自分の目の前でパーティーメンバーが死んでしまうのを見たくない。

 ただそれだけで、オレの身体は動いていた。


 アッシュの渾身の剣の一振も空しい、間髪入れない魔像の反撃。 


 その豪腕の軌道が、オレの跳び蹴りのヒットで、それる。

 

 なんとか間に合ったようだ。

 だが、その代償は――。




「うぐっ」


 足があらぬ方向へ折れている。

 痛みはマナ操作で抑えることはできるが、足のふんばりがきかず立てない。


 アッシュにも攻撃がかすっていた。

 それだけで奴の腕の骨は砕け、ただ肩にぶら下がってるだけになっている。


「あがあああああああぁあああ!!

 いでえええ!!!! クソォオオ!!」


 その激痛に奴は叫ぶ。


 オレももう動けない。

 次、攻撃がくれば――




「師匠!」


 そこへリオが突然現れ、ガルベルスにケリを入れた。




 数週間前は後衛だったとは思えない、オレよりはるかに強い攻撃。

 どうやら、マナ操作をすっかりものにしたようだ。


「リオ! お前、一体いままでどこに――」


「アッシュに閉じ込められて……今はそんなことより!

 師匠は回復に努めてください!

 その間の時間は、ボクが稼ぎます」


 リオが構え、相手に突攻をしかける。

 今までオレが見せた近接戦闘を彼女は1週間で自分のものに昇華していた。

 オレをはるかに越える形で。


 それはガルベルスに十分通じていた。

 これなら、回復が間に合う……いや、5人で組めば討伐も――






 だが、そんな考えをあざ笑うように、事態はさらに悪化した。


 奥の扉が開く。

 ガルベルスとは少し違う魔像が1体、部屋に侵入してきた。





 ガルベリオン。


 本来、魔王城の最奥の扉の番人をやってるような悪夢の魔像。

 実在する魔像の中では最上級と言っていい。


「ひぃぃぃぃぃ!!!!

 なんで、あんなのが出てくるんだよ!

 勇者じゃなきゃどうにもならないだろ!」


 アッシュが悲鳴を上げる。

 なまじ才能があるので、初見でアレの化けモノっぷりを肌で感じたんだろう。


「おまえら! とっとと逃げろ!!!」


「お、お前が勝手に割りこんできたんだからな!」


 アッシュが言いわけがましく叫ぶ。

 そして入り口のほうへ駆け、部屋を出ていった。

 ソフィアとアリアもあとを追う。


 だが、リオは引かなかった。


「師匠! なに言ってるんですか!

 こんな奴が地上に出てきたら、とんでもないことになります!」


 そう言って4体の魔像を見すえる。

 その姿が、あのほら吹き女と重なって見える。


 敵を、前を見すえるその横顔。

 オレはアイツの隣でそれを見ているのが好きだった――。


 体内に循環しているマナは彼女と同じように光輝き、心身ともに充足している。

 将来、この子はおそらく自分がのぞむ通りの冒険者になれるだろう。


 だが今のリオは、気力で立ってるだけ。

 もうもたないのが見て取れる。


 あと10年。

 いや、あの子なら1年もあればあんな魔像にだってひけを取らないだろうに――。




「すまん、コウ。

 約束、やぶっちまうわ」


 だがリオのような先の世代に繋ぐためなら、アイツも許してくれるに違いない。

 仮にその後、自分が破滅したとしても、本望。


 オレは、治りきっていない片足を引きずりながら彼女の横に立ち、剣を抜いた。

 自分の身体から、煙のような黒いオーラが吹き出る。



「おまえら、美味そうだな」



 魔物に向かって久しぶりに吐く言葉。


 オレの一凪で迫っていたガルベリオンの拳が弾き飛ばされた。


 ありえない、その光景にリオが驚愕の表情を見せる。


「リオ、よくここまで耐えたな。

 あとはオレがやるから、お前は休んでろ」


「師匠!!! ダメです! ボクも――」


 そう言って構えを見せたが、限界がきたのか膝をつく。



 それを見た魔像がその凶器の豪腕をオレに振るう――のを待つのはじれったい。


 オレはその場で剣を真横に一閃。

 とたん、周辺の魔像がまるでただの土器の如く片っ端から粉々に砕けていく。



 その場にはガルベリオンだけが残った。

 こいつも殺れればと思ったが、さすがにそこまで甘くはないか。


 ガルベリオンが今までと違いオレに遠慮なく近づく動きを見せた。


 ふと自分の剣が折れていることに気づく。

 どうやら、オレの攻撃力の源がこの剣にあると判断したようだ。


 こざかしい。

 だが、剣は関係ない。


「もっと根元から折るべきだったな」


 オレは、折れた剣先にマナを集中。

 それはたちまち刃先を補うように、刃として実体化する。


 本来『オーラブレード』と呼ばれるその技は、A級冒険者レベルでも使えない。


 だが、オレのスキルがそれを可能にしていた。



   ぐがあかあっががああ!!!!



 魔像が雄叫びを上げて突進してきた。


 


 オレのユニークスキル『食わず嫌い』


 その効果は


『刃物を持ったときに、技量、力、スタミナなどが、自身の経験分増幅される』


 というシンプルなもの。

 ちなみに刃物というのは包丁はもとより、剣や槍、鏃を持つ弓矢すらも含む。


 今のオレは、S級冒険者の戦士の中でも数人しかいない『剣鬼』の格に相当。


 ただ、昔だったら実戦で使えるようなオーラブレードは錬れなかった。

 実現には、リオのマナ干渉を見れたことも大きいだろう。

 これが師匠が弟子から学ぶってやつなのかね。



 このシンプルだがとてつもなく強力なユニークスキル。

 それだけに高い使用リスクもある。


 だがそれ以前に、アイツが死ぬ間際オレは約束していた。

 『このスキルを料理以外にみだりに使わないこと』を。


 そして『戦いには死んでも使わないこと』

 それをオレ自身への罰ともしていた。


 慢心し、結果、勇者である彼女を死なせてしまったことへの。




 なんどか受けながら切りつけるうち。

 やがて魔像の身体が、オレの足の回復を待つことなく、粉々に砕ける。

 そして残骸と化して地面に落ちた。



 圧勝。


 だが勝利による高揚は、ない。

 湧くのは『あのとき、これだけの強さがあれば』という悔しさ。

 それと――



「師匠!!!」


 飛びついてくるリオの、その頭をなでてやる。


 おっと、こうしてる場合じゃないな。

 とっとと『食わず嫌い』の代償を解決しないと。


 腰にしがみつく彼女はそのままに、魔像の残骸を漁る。


「師匠、なにを探してるんですか?」


「すまない、残骸の中になにか肉のような柔らかいものがないか探してくれ。

 あと、オレの荷物も」



 ユニークスキル『食わず嫌い』の代償。


 それは

『切った生き物や魔物を時間内に一定量食べないと、死に等しい激痛をもたらす』

 というものだ。


 その対象にはオレ自身の肉体以外に例外がない。

 相手が猛毒を持っていても魔像であっても、人間だったとしても。


 正直、今あの激痛をくらってこの歳で耐えられる自信がまるでない。

 最悪の場合の覚悟はあるが、避けられるのなら……。


 こういう古代の高性能ゴーレムには『疑似筋肉』が使われているはず。

 ガルベルスやガルベリオンにそれがあるかどうかは賭けだった。



 集めた肉らしきものを整理して、荷物の携帯器具で手早く調理を行う。

 次第に甘塩っぱいタレの匂いが漂いはじめる。


 不意に視線を感じた。

 見ると、リオが時折生唾を飲みながらこちらを凝視していた。


「食べるか?」


 リオが無言の笑顔で思いっきりうなずく。

 まあ、ダンジョン奥で仲間と腹ごしらえというのも悪くない。 



                ---



 昔。

 魔道士として落ちこぼれ、これからは料理一筋でやっていこうと思ってた矢先。

 あのほら吹き女にスカウトされたんだ。


『冒険者パーティーっていうとほら、料理人とか大工とか音楽家とかも必要でしょ。

 やっぱり』


 とかいう、わけのわからん理由で。


 まあ不本意な参加だったが、連中との旅はとても楽しかった。

 オレの料理をアイツらがおいしそうに食べるのをずっと見てたい。

 そんなことを思ってた。



                ---



 ガルベリオンを倒して街へ戻ってきてから数日が過ぎた。


 クエストは達成となったが、アッシュはそれを自分の功労と吹聴する。

 だが、ギルドへの報告には穴が多く。

 ウソがバレそうになるとアッシュたちは辺境都市から逃げるように出ていった。


 王都へ向かったようだが、あの身体じゃあいずれB級降格は免れないだろう。

 まあ、どうでもいい。



 そしてオレにもいつもと同じ日常が戻ってきた。


 いや、同じ、というのはちと違うか。



 リオは辺境都市にのこり、冒険者として第二のスタートを切る。

 新しい相棒も得たようだ。


 もっとも、パーティーとしてはあとひとり加わるとバランスが良いんだが……。


「そうなんですよね、師匠。

 中級以上の回復術が使えて、前後衛こなせる人がいるといいんですけど」


「だよね~。

 その上美味しい料理が作れれば言うことないんだけど」


「……お前さんたち、探す気ないだろ」


「「いや! そういうことじゃなくて」ですね!?」


 リオの新しい相棒、弓使いの『メル』


 彼女がガキの頃、わけあって世話をしていたことがある。

 こうなってくると運命を感じずにはいられない。


 もっとも運命がどうあれ、オレは料理人を止めるつもりはない。




 コウは逝く間際、『自分がいなくなっても、前を向いて生きて』と言った。


 でも、どうなんだろうな。


 初心を貫いて料理を続けていくことが前向きなのか。

 皆に請われて戦いに赴くのが前向きなのか。


 正直、オレにはわからない。


 それでも。

 どっちつかずの斜め前を向いているほうが、モブのオレらしくていいだろ?


 なあ。







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