本編
僕はおばあちゃんに連れられて仙台七夕祭りへ行ったときの記憶を頼りに、JRあおば通駅へやってきた。どこから出たら良いのかよく分からないまま、記憶を頼りに2番出口を出る。
外は大きなビルに囲まれ、行き交う車の音や人の声がガヤガヤと騒々しい。仙台は都会だなあと辺りを見渡していると、1台の公衆電話が目に入った。
普段余り目にすることがない緑色の電話が気になっていると、妙なことに気がついた。
無音。
それまで聞こえていた都会の喧噪が、一切合切消え去っていた。辺りを見渡すと車も人も動いているのに、まるで僕だけがこの世界に取り残されたようだ。
背筋が冷え、脂汗ががじわりと溢れる。
―――ジリリリジリリリ
目の前の公衆電話からけたたましい音が聞こえる。周囲に居る人たちにはその音が届いていないのだろうか、誰も気づいていない様子だった。それどころか、足音も何も聞こえないこの状況は、僕がおかしくなったのかも知れない。
―――ジリリリジリリリ
一向に鳴り止む気配のない電子音が不快でしかたなかった僕は、公衆電話に近づき、受話器を上げた。僕がとらなくてはいけない気がした。
「……もしもし」
受話器の向こうからは、ザザザザと砂嵐のようなノイズに混じって、かすれた女子の声のようなものが聞こえてくるが、明瞭には聞き取れない。
「…りす……ど…………がいに…………」
ふいにノイズが消えたと思った矢先、受話器からしゃがれた老人のような大声が響いた。
「クリスロードしょうテンがイにおイデ」
―――ツーツーツー
電話が切れると、都会の喧噪が帰ってくる。信号機の音も人の声も車の音も。しかし、先ほどのざらついたような声が耳から離れなかった。
*
「ここが、クリスロード商店街……」
来ないとどうなってしまうのだろうか、呪われてしまうのだろうか。悩んだ末に僕は行ってみることにした。そもそも、幽霊に会って忘れている何かを確かめるために、ここまで来たのだ。怖いなんて言ってられない。
太陽光が差し込むアーケードに囲まれた商店街は、たしかに七夕祭りで何度も訪れた場所だった。ここは祭が無くても賑わっているんだな。
そうやって辺りを見回していると、真っ白いワンピースに身を包んだ一人の女の子と目が合った。女の子は小学校低学年くらいの背丈で、おかっぱ頭をしている。
どこかで会ったことがあるような気がして見つめていると、ふいに話しかけられた。
「ねえ、一緒にあそぼう?」
「君、一人?お父さんやお母さんは?」
「……いないよ。一人なの」
女の子の声は、風で飛んでいきそうな程に儚かった。
「もしかして、迷子かな?」
「迷子……、うん。そうなのかも。友達と、ちょっとね…」
お友達と喧嘩でもしたのかな?あえて僕はたずねなかった。
「お兄ちゃんも一人だけど、迷子?」
「ううん、違うよ。僕は、人を探しているんだ」
「へぇ……、どんな人?」
「多分、幽霊……かな」
そう答えると、女の子は目を丸く開いて驚いたような顔をした後、くすくすと笑い始めた。
「幽霊を探しているなんて、お兄ちゃん面白いね」
「うん、僕も変なことをしているなって、正直そう思う。だから、何があったか分からないけどお友達と会えるまで一緒に居てあげるよ」
「くすくす、なら私も幽霊探し手伝ってあげる」
女の子は、笑いを堪えながらそう言った。
*
「ところでお兄ちゃんはどうして幽霊なんて探しているの?怖くないの?」
「うーん、うまく説明できないんだけど、会わなくちゃいけない気がして……」
「幽霊と知り合いだった……とか?」
「そうなのかな。でもポスターに写っていた幽霊が誰なのか、よく分からなかったんだ」
「ポスターって七夕祭りの?」
「そう、七夕祭りの……」
そう言いながら七夕祭りのことを思い出そうとすると、女の子がふいに僕の手を引っ張った。
「ねえ、あれは何?」
女の子は店先に鎮座している、着物に身を包みニコニコとした笑顔を浮かべる坊主頭の人形に興味を示していた。その人形は大きさやデザインは微妙に違えど、どのお店にも置いてあるようであった。
「えっと……、この人形は……何なんだろう?」
僕が答えあぐねていると、やさしそうな女性の店員さんが僕らの元に来て説明してくれた。
「これは、
「それで、どのお店にも飾ってあるんですか?」
「そうなの、商売繁盛とか家内安全とかの、まあお守りみたいな物ね」
「へえ……、見ているとなんだか不思議と温かい気持ちになってくる」
どうしてだろうと眺めていると、店員さんが教えてくれた。
「それはきっと、彼がとっても子ども好きだったからよ」
「そうなんですね。だったら君もきっと大丈夫じゃないかな?」
そう言って振り向くと、女の子がいなくなっていることに気づいた。
「あれ、あの子は?……店員さん、白い服を着た小学校低学年くらいの女の子がどこに行ったか見てませんか?」
「えっと……、ごめんなさい、見ていないわ。私、君一人だと思っていたんだもの」
「そうでしたか、色々教えてくれてありがとうございました」
*
店を出て少し歩くと、店と店の間、人混みを避けるように女の子はぼーっと佇んでいた。虚ろな目はまるでここではないどこかを見ているようで、彼女の周りだけ陰鬱とした空気が流れているように思えた。
友だちとやっぱり喧嘩でもしたんだろうな。それできっと落ち込んでいるんだ。
「こんなところにいたんだ、探したよ」
「どうして……」
そうつぶやいた彼女の言葉は、商店街の喧噪にかき消された。
「ごめんね、大人の人が急に出てきてびっくりしたよね」
「……うん、そう……だね」
目に見えて落ち込んだ様子の彼女を、どうにか元気づけないと。そう思っていた矢先、彼女に異変が起こった。突然ビクンと身体がはねたかと思うや、何かに苦しめられているかのように喉を押さえて呻き始めた。
ヴウゥゥ……、ヴウゥア゛ア゛アァァ……。
永遠とも思えるようなわずかな時間、彼女は呻き続けた。僕はその光景をただ呆然と見つめることしか出来なかった。
ようやく落ち着いたと思ったのもつかの間、彼女は何事も無かったかのように、僕へ微笑みかけた。
「ねェ、アッチに行こッ」
そう言って僕の手を取った彼女は、ぐいぐいと僕を引っ張り出した。あっちってどこなんだろう?僕は何も言えず、ただついていくことしか出来ない。
ふと気づいた。また周囲の喧噪が聞こえなくなっていることに。無音。見渡す限り人はたくさん歩いているのに、一切の音がしない。電話の時と同じだ。僕は怖くなってきた。
「ねえ、あっちってどこ?」
「…………」
何も答えてくれない。まるでさっきまでの子とは別人のようだ。
僕はその手をふりほどこうともがいてみるが、凄い力で掴まれているのか微動だにしない。
「ねえ、離してよ。ちょっと痛いよ……」
「アイタがっテいタでショ?」
それはさっきまでの彼女の声ではない、電話で聞いたしゃがれた老人のような声だ。それに真っ白だったはずのワンピースに黒いシミが広がっていく。
「アッチにいこウ?きっトタのシイよみンナマってるズッとイッシょだヨアイたガってイタでしョアッチにイコうみんナいっショだヨ……」
しゃがれた声で壊れたオーディオのように絶え間なく紡がれる言葉。その姿はこの世のものとは思えなかった。
「……幽霊?」
*
「うわあぁぁぁ、誰か、誰か助けてっ、誰か……ああぁぁぁ」
僕は死に物狂いで、あの子の面影が完全になくなった幽霊の手を振りほどいて、全速力で逃げ出した。辺りにはたくさんの人が行き交っているというのに、僕の叫びは誰にも届かない。
現実ではない異界に連れていかれてしまった……。
「ダレニモトドカナイヨ……。ココハモウワタシタチノセカイ……」
「いやだあぁぁ、助けてえぇぇ……」
「ドコニモニゲラレナイヨ……。ワタシタチトズットイッショニイマショウ……」
どうしてこんなことになってしまったんだろうか。やっぱり幽霊なんて探しちゃいけなかったんだ。
「ああっ……、った……」
涙で前が良く見えなかった僕は足がもつれて転んでしまった。背後には彼女がドロリとした目を見開き、歯をむき出しにしながら迫っていた。
「ごめんなさいごめんなさい。許して下さい許して下さい」
「アアコレデマタヒトリフエル……、ミンナズットイッショ……、エイエンニコノセカイデアソビマショウ……」
再び強い力で腕をつかまれた。もうダメだ、そう思ったときふいに握力が弱まった。幽霊の姿はどこか出会った頃の女の子のように見えた。
「……元に戻ったの?」
「……ちがう。もどルとか、そうイウノじゃない……。すこしだけあのこタチヲオサエルから……、アナタはもといたせかいに……、あなたのいばしょに……」
彼女は苦しみながら、悶えながら、ある方向に指を指した。あっちに逃げろとそう言っているかのように。
僕は彼女を信じてただ一目散に走り出した。
「オマエハキエロ…………ニガサナイ」
*
異界と化したクリスロード商店街を、彼女の指さす方にひたすら駆け抜けると、妙に温かみのある場所にたどり着いた。僕は直感的にここだと思った。
「
後ろを振り返ると、真っ黒いヘドロの塊のような姿に豹変した悪霊がゆっくりと這い寄ってくるのが見えた。
僕はたまらず、護摩木を焚き高々と上がる炎の前で祈祷を上げるお坊さんに助けを求めた。
「助けて、助けて下さい」
「ムダダヨ……ココハイカイ……アッチノセカイノヒトニコエハトドカナイ……トハイエココハイゴコチガワルイ……」
三瀧山不動院にはさすがの悪霊もおいそれとは近づけないようだ。しかし、ジリジリと近づいてきており、ここに居続けても助からない。どうにかしないと。
「コッチニオイデコッチハミンナイルヨヒトツニナロウサビシクナイヨヒトリハサビシイヨコッチニオイデ……」
三瀧山不動院を見渡すと、数々の仏像が並んでいる。その中でひときわ輝いて見えるものが目に入る。僕は光り輝くそれを手に取ると、悪霊に近づいた。
「ソノニンギョウハ……」
「そう、仙臺四郎の人形だ。あのとき、君はこの人形に興味を示したのに近づかなかった。ううん、多分ちがう、近づけなかったんでしょ?この人形が、いやこの神様が弱点なんだ」
「ヤメロ……ワタシタチハマダコッチニイタインダ……」
仙臺四郎の人形を手にした僕が近づくほどに、黒いヘドロが少しずつ溶けていく。まるで、仙臺四郎さんが悪霊を祓っているようだ。
「ウワアアァァ……」
悪霊が消え去り、女の子が立っていた。僕は女の子のことを完全に思い出していた。
「僕に仙臺四郎のことを教えてくれたのは……、僕を助けようとしてくれたからだったんだよね。青葉ちゃん。最初に探していた友達って、僕のことだったんだ」
「ごめんね、久しぶりに会ったのに怖い思いをさせちゃった……」
僕は全部を思い出してた。幼い頃仙台に来る度に一緒にあそんでいた青葉ちゃんのことを。仙台七夕祭りにも何度も一緒に行って、また一緒に行こうねって約束もして、いつの間にか遊ぶことがなくなっていたのだけれど。
「……青葉ちゃんは、もう、亡くなっていたんだね」
「……ちゃんとお別れを言いたかったの。でもその前にもう一度あの頃みたいに一緒に遊びたいって思っちゃって……」
目の前にいる、青葉ちゃんは思い出の中にいる姿と一緒だ。白いワンピースは前に一緒に七夕まつりに行ったときに来ていた服だった気がする。青葉ちゃんといえばワンピースだったから。
「あの子たちを止められなくて、怖がらせてごめんね……。今日も、これまでも、たくさん遊んでくれてありがとう」
「僕こそ、青葉ちゃんのこと忘れててごめん。あんなにいっぱい遊んでたのに……」
「ううん、思い出してくれて、会いに来てくれて嬉しかった。本当に、ありがとう。さようなら……」
彼女は微笑み、綺麗な涙を流しながら消えていった。
悲しみと共に商店街の喧噪が戻ってきた。僕は大切な思い出を抱えながら、現実に戻ってきたのだ。
「さようなら、青葉ちゃん。……ただいま、僕の大切な日常」
今日もクリスロード商店街はたくさんの人で賑わっている。たくさんの人々の日常を彩りながら。
―――ジリリリジリリリ
ポスターに写った幽霊 ~クリスロード商店街の怪~ 護武 倫太郎 @hirogobrin
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