3話

 緩やかな丘陵地帯を抜け、川と菜の花畑に挟まれた街道を歩き続けて数時間。六男はようやく花の町『アインズ』に到着した。


「……つっかれたー……秋葉原から王子まで歩いて帰った時と同じ距離だったぞ」


 ガヤガヤと騒々しく開かれた街の入口で、走ってもいないのに肩で息をしながら、手の甲で額の汗を拭った。


「さて、本社へ挨拶に行く前にフラポテを摂取しなければ」


 待ち切れないとばかりに心と手が震えるのを感じ、辺りをキョロキョロとしながら大通りを歩き始める。看板やポスターの文字、耳に届く雑踏の話し言葉も何故か日本語であるにも関わらず、まるでハロウィンパーティーにでも出席するかのような奇妙な格好や服装をしている者ばかりであった。


「獣耳や尻尾、二本足で歩くトカゲに、尖った耳の美女……オレみたいなビジネススーツの営業マンが一人もいないじゃないか。今日は祭りでもあるのか?」


『いいえ、これが日常です。このアインズは人間と獣人の国境にあり、川を遡った深い森の中にはエルフの里もあります。ここは色んな種族が集まりやすい土地柄なんです』


 イセカイは多様性に富んだ国なんだなと六男は感心しつつ、『武器屋』だの『魔法道具屋』だの書いてある店先の看板を念入りに眺めていた。


「さてと、ナックならきっとどの国にもあるだろうし、誰かに聞いた方が早いか」


 彼は尻ポケットに差し込んでいたバリバリ財布を手に取り、マジックテープを剥がした。その時、折りたたんだ古い写真が落ちかけ、慌ててキャッチして紙幣入れに差し込んだ。


『ちなみに、財布を預かったときに1銅貨100円の為替レートで換金しておきました。銅貨1枚が100円、銀貨1枚が千円、金貨1枚が一万円です』


 小銭入れの中でちゃりちゃりと音を立てるは、見覚えのない10円玉によく似た3枚のコイン。


『……大の大人とは思えない財布の中身ですね。ちゃんとした生活、送っていましたか? 油とイモばかりではなく、タンパク質と野菜もとらなきゃだめですよ?』


「こ、今回はたまたまだ! じいちゃんの借金を返したばっかりだったから……」


 憐みの視線を感じ、人目もはばからずに空に向かってしゃべっていたその時、ぬっと目の前に手が伸び、反応する間もなく財布をひったくられた。


「ド、ドロボー! オレのなけなしの財布を返せ!!」


 六男は慌てて、黒いマントを頭からすっぽりと被った小柄な人影を追う。人混みをかき分け、路地裏に駆け込み、何とか食らい付く。


『リク……ん! そ……以上は……ナ……あ、そんな声がもう……かなくなる……て……』


 人気のない開けた広場に足を踏み入れる直前、メガミの声がまるでテレビの砂嵐と重なってしまったかのように聞き取りづらくなり、電源を落としたかのように聞こえなくなった。

 思わず六男は足を止めて彼女の名を呼ぼうとした途端、後頭部に本日二回目の鋭い衝撃が走った。鈍い悲鳴を上げて明滅する視界のまま振り返ろうとするも、うつ伏せで地面に押し倒され、あっという間に両手両足を縛られた芋虫状態に。

 警察を呼ぼうにも口に詰め物までされ、顔を上げる前に布袋で視界を奪われてしまった。


「……見知らぬお兄さん、ごめんなさい」


 幼い少年の小さな呟き。必死に抵抗する六男の行動もむなしく、乱暴に担ぎ上げられてしまった。

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フラポテ勇者〜異世界でフライドポテトを1日3食100年間食べ続けても死なない身体を手に入れた男の英雄譚〜 ねむたい @nemunemu_i

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