こども電話相談室

高巻 渦

こども電話相談室

 小ぢんまりとした部屋に、二人の男が座っている。二人は中央に置かれている電話が鳴るのを待っている。

 片方の男が、もう一人の男に話しかける。


「しかし退屈だな。なんで俺たちがいつ連絡してくるかもわからないガキの相手をしなきゃいけないんだ」

「仕方ないだろ、これが動物に特別詳しい俺と、植物に特別詳しいお前の仕事なんだからよ」


 話しかけられた方の男は続けて言う。


「それに、他の大人たちは忙しいんだ。あっちは大変そうだし、俺はここで暇してる方が良い」

「ふうん。俺は時間が経つのも忘れるくらい忙しい方が性に合ってるんだけどな。ま、しょうがないか」


 すると、電話が鳴った。片方の男が電話を取る。


「はいもしもしぃ、今日は何を見つけてくれたのかなぁ?」

「気持ち悪い声出すなよ、さっきまでガキとか言ってたくせに」


 傍らで聞いていたもう片方の男の指摘に、電話を取った男は受話器を手で塞いで言う。


「うるせ、ガキに優しく付き合ってやるのが俺たちの仕事だろうが」


 気を取り直して、再び男は受話器に向かって猫なで声を出す。


「ごめんねボクぅ、それで今日は何を見つけてくれたのかなぁ? うん、うん、羽の生えた生き物ぉ……なんだお前の方だ」

「なんだ俺か」


  受話器を渡された男は落ち着き払って話し始める。


「もしもし、動物に詳しいお兄ちゃんに代わったよ。羽の生えた生き物を見つけてくれたんだね。大きさはどれくらいかな? うん、羽の模様は何色かな? 薄い黄色と黒、それにちょっと青……わかった、それは『アゲハチョウ』っていう生き物だよ。綺麗な模様だからお兄ちゃんも好きなんだ。ちゃんとお礼が言えて偉いね。お電話ありがとね、バイバーイ」


 受話器を置いた男が一息つくと、もう片方の男が感心したように話しかける。


「流石に詳しいな。しかも手慣れてる」

「まぁね。それに、少なくともお前みたいに声色変えたりだとか小手先だけの方法に頼らなくてもやりとりできる」

「あ、なんだその言い方。次は俺がいいとこ見せてやるからな、植物来い、植物の質問!」


 示し合わせたように二度目の電話が鳴った。一度目と同じ男が電話を取る。


「はいもしもしぃ、今日は何を見つけてくれたのかなぁ?」

「それやめろよ」

「うるせ、ごめんねボクぅ、それで今日は何を見つけてくれたのかなぁ? ツノの生えた生き物ぉ……お前だ」

「俺か」


 もう片方の男が受話器を奪い取る。


「もしもし、動物に詳しいお兄ちゃんに代わったよ。その生き物の角は何本かな? 大きさは? 色は? それは『カブトムシ』だね。とっても強い生き物だから、お兄ちゃんも好きなんだ。お電話ありがとう、バイバーイ」


 がちゃりと受話器を置くと、二人はまた雑談に戻る。


「すげーなー、二つ三つの質問で何かわかっちゃうんだ」

「結構勉強したからな。それに、子どもはこっちが尋ねた事以外もベラベラ喋ってくれるから案外簡単なんだ」

「いいよなー、次は絶対俺がいいとこ見せるからな。俺は一つ質問しただけで何の植物か答えてやる」

「お前の番が果たして来るかな……」


 電話が鳴った。三度目も同じ男が受話器を取る。


「はいもしもしぃ、今日は何を見つけてくれたのかなぁ? 脚の生えた……お前だ」

「俺だ」


 悔しそうな顔をしている男から受話器を受け取って話し始める。


「もしもし、動物に詳しいお兄ちゃんに代わったよ。その生き物はどれくらいの大きさかな? 脚の数は? 身体の色は? 目の数は? ……」


 男は質問を止め、もう片方の男に目配せし、再び話し始める。


「それは『ニンゲン』って生き物だよ。よく見つけてくれたね。それはとっても悪い生き物なんだ。僕たちの住む場所を荒らす、ずる賢くて汚い、悪い奴らさ。これからお兄ちゃんたちがそっちに行くから、ちゃんと捕まえておいてね。大丈夫、一匹だけなら力は強くないから。お電話ありがとう。バイバーイ」


 男は胸の中央から生えた腕で持っていた受話器を置いた。二人は、腰の両端に二本ずつ生えた四本の足で立ち上がり、話し始める。


「あーあ、結局俺はいいとこ見せられずじまいか。でもニンゲンだったら俺だって知ってるぞ。今月は何匹目だっけ?」

「もう植物は外の連中が刈り尽くして滅多に自生してないからな。今ので六匹目」


 腕の一本に取り付けられた装置に何かを入力しながら、男は答える。


「それにしても回りくどいよな。なんでガキ共には引っ越すとだけしか言ってねーんだ。素直に地球を侵略するって言ったらいいのに」

「みんな悪者になりたくないんだよ。ほら、お子様たちが見つけてくださった人間を処分しに行くぞ」

「それもそうだな。ガキ共には昆虫採集してるくらいの感覚が丁度良いわけだ」

「それに、俺たちが前の星で勉強してた事も無駄にならなくて済むだろ」

「確かに」


 二人は互いに三つの目を細めて笑い、部屋を出ていった。

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