第5話

 ――居間の古いデッキに、DVDが差し込まれる。

 軽い起動音の後、テレビに光が入る――


「ジングルベール ジングルベール 鈴が鳴るー」


 調子外れな歌と同時に、クリスマスケーキの前に座る私が映る。

 背景は、見覚えがあるカーテン……パパの買った建売住宅、つまり、我が家だ。


 とんがり帽子を被った私がカメラに向かって叫ぶ。

「メリークリスマス!」

「その前に、お礼は?」

 画面の外からママが言う。

「クリスマスプレゼント、送ってくれてありがとう! このくまちゃんと毎日寝ます」


 クリスマスプレゼントのお礼に撮った、おばあちゃんへのビデオメッセージだろう。終始和やかな場面はだが、唐突に切り替わった。


「……母さん、ごめん」

 寝静まったリビングで、ヒソヒソと小声で話すのは、パパだ。

 カメラを固定し、スポットライトで顔だけ浮き上がらせた映像。

 白い光の中のパパは、とても穏やかな顔をしていた。

「病院にも通った。医者の言う通り仕事も休んだ。けれど、突然死にたくなる気持ちが止まらないんだ」

 パパはケーキの感想でも言うような、淡々とした口調で続ける。

「多分僕は、そのうち死んでしまうだろう。それが明日か一年後か、それが自分でも分からない。でも確実に、その時は来る。そうなった時に、妻と娘に、このビデオメッセージを見せてくれないか?」

 そこで一息ついてから、パパは少し早口に付け加える。

「妻には、僕の事を気にせずに幸せになって欲しいから、僕が死んだ後の事は、母さんにお願いしたい」

 テーブルに手を置き、時々指を組み替えながら、パパは言った。


「迷惑ばかり掛けた親不孝な息子だけど、産んでくれてありがとう」


 一瞬画面が切り替わる。

 同じアングル、同じパパ。

 ただ、話し掛ける相手が変わっていた。


「……ママ。幸せにしてあげられずにすまない。あの子の事を、よろしくお願いします。一緒に幸せになってください」


 ――そして。


「のぞみ」

 私の名を呼ぶパパは、一番悲しそうな顔をしていた。

「パパは、突然死にたくなってしまう病気になってしまいました。これは、お薬でも治らない病気です。本当に悲しい事なのです」

 少し声を詰まらせた後、パパは再び顔を上げる。

「このビデオメッセージを見ているのぞみは、何歳になっていますか? お友達はできましたか? 学校は楽しいですか? ――突然いなくなってしまって、本当にごめんなさい」

 耐えきれないというように、パパの肩が震えた。

「パパはお空の上の方から、ずっとずっと、のぞみを見守っています。のぞみが幸せになってくれる事が、パパとママの、一番の幸せです。パパの大事な大事なのぞみ……」


 ――生まれてきてくれて、ありがとう。


 ◇


「……ただいま」

 帰りが遅くなったから、怒られる覚悟で玄関を開けたけど、ママは

「おかえり」

 と、泣き笑いの表情で私を迎えた。

「遅くなって、ごめんなさい」

「おばあちゃんから電話があったから大丈夫よ。それより、私も嘘をついてたのを謝らなくちゃいけないわ」

 と、ママは私の後ろに立つサンタのオジサンに目を移す。

「一度ゆっくりと、パパの事をあなたと話したくて。デリバリーサンタさんを頼んで、間に入ってもらったの」

「デリバリーサンタ!?」

 私は目を丸くした。

「ファッファッファッ」

 まだ演技を崩さないジジイは、独特の笑い声を上げながら三角帽子をツルンと脱いで、おどけた様子で礼をする。

「しからば、これでサンタの仕事は終わり。では、また来年」


 赤い服の後ろ姿が消えた後も、私とママはしばらくポカンと扉を眺めていた。

 そして、盛大に笑った。

「何なの、デリバリーサンタって。どこでそんなのを調べたんだよ」

「ママの仕事先の病院でね、毎年二十五日に頼むのよ、入院中の子供の慰問に派遣してくれるようにね。それで聞いてみたら、二十六日なら予定が空いてるって言われて」

「面白っ。悪くなかったよ、来年も頼んだら」

「なら、来年は三人でパーティーでもやる?」

「いいねぇ。でもママ、仕事休めるの?」

「その気になれば何とでもなるわ」


 ママとこんな風に話したのは、いつぶりだろう。

 リビングに場所を移し、夕食の準備を手伝っていると、ママのスマホが鳴った。

「はい、夢丘です。……あ、デリバリーサンタさん、はい、お世話になりました。娘も喜んで…………え?」

 突然ママの表情が変わるから、私はテーブルを拭く手を止めた。

「……うちの担当のサンタさんが……昨夜のパーティーの仕事で……酔い潰れて……今まで寝ていた、と……」


 私は思わず、窓の外に目を向けた。

 カーテンの向こうの狭い庭。


 デリバリーサンタが、ガチモンのトナカイのソリで来るだろうか?


 急いで窓を開ける。

 すっかり草のなくなった庭には、轍の跡もない。

「…………」


 シャンシャンシャン……


 鈴の音がした気がして空を見上げる。

 星空を滑る流れ星が一筋。


 ――本当にサンタが、パパを送り届けに来たのだろうか。

 私の心に、パパの言葉を届けに。

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サンタが我が家にやって来た 山岸マロニィ @maroney

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