第4話
――映画館を出た後。
ショッピングモールのフードコートで、ハンバーガーを挟んで向き合っても、全然食べる気がしなかった。
ジジイはパクパクとスペシャルバーガーを平らげた後、チキンナゲットにBBQソースをたっぷりを付けて口に放り込む。
「冷めると美味くないぞ?」
「…………」
仕方なくポテトに手を伸ばしたけど、涙の味が全部上書きをするから、油っこい食感以外、何も感じなかった。
それがあまりにも悔しくて、私はジジイをめいっぱい睨む。
「先に教えてくれても良かっただろ、アレがパパの映画だって」
「おや? 誰が監督かによって、時間の無駄になるクソ映画という君の評価は変わるのかね?」
……ぐうの音も出ない。
自分でも分かってる――作品の先に作り手という名の生きている人間という存在があるというのを、全く見ていなかった。
確かにクソ映画はクソ映画だ。作品への評価は変わらない。でもそこに、映画館のおじさんに聞いたようなパパの苦悩があったと知っていたのなら、もう少し言い方を変えていたと思う。
――いや、パパだから、というのはエゴでしかないだろう。
作品の先にある人の尊厳を傷付けた言葉。
それは誰に対しても投げてはいけないものだ。
ハアーッと大きく息を吐いて、私はポテトを何本かまとめて口に押し込みコーラを流し込む。胸のつかえを取りたいのだ。
それからハンバーガーも胃袋にねじ込んで、私は立ち上がった。
「ごちそうさま。この後、予定あるの? ……オジサン」
サンタのオジサンはきょとんと私を見上げて、
「いいや」
と返事をする。
「なら、ちょっと付き合って」
「どこに?」
「追悼上映会で思い出したんだ。クリスマスの次の日――パパの命日だ」
花束を買って向かったのは、おばあちゃん家。
ここ何年か来ていないから緊張する――今の家に引っ越す前に住んでいた時と、パパのお葬式以来だ。
インターホン越しに聞き覚えのある声がして、おばあちゃんが玄関から顔を出した――何だか、だいぶ縮んだように見える。
「おやまあ。大きくなって」
私がパパの実家であるここに来なかった理由。
それは、おばあちゃんがママとあまり仲が良くなかったからだ……と思っていた。
お墓にだけは毎年行っていた。けれど、うちには仏壇も遺影もない。
古くて大きな仏壇に手を合わせる。そこにはパパのお位牌と遺影が置いてあった。
――ママは、パパをおばあちゃんに預けてしまっていて、平気だったのだろうか。
改めて思った。
「元気にしてたかい?」
おばあちゃんはニコニコしながら、私が渡した花束を花瓶に挿して持ってきた。
「今日はまたどうしたの? 賑やかなおじさんを連れて」
「いやあ、名乗り遅れましたな。サンタと申します」
「見れば分かるから」
オジサンに横目を向けてから、私はおばあちゃんに顔を向けた。
「パパは、なぜ、死んだの?」
おばあちゃんは花瓶を仏壇の前に置くと、私を向いてゆっくりと座った。
「心の病気になってしまったんだよ」
「心の、病気……」
「あの子、映画を撮ってただろ? それに失敗した時があってね」
「…………」
「主演のアイドルの子のファンから、彼女の人気に傷をつけたと責められてね。一時期、うちにも押し掛けてくるから大変だったよ」
――それは、私たちが引っ越した直後。
新居を見つけられないように、おばあちゃんが矢面に立ち、かばってくれたのだ。
罵倒、恫喝、殺人予告電話。
窓が割られたり郵便受けが壊されたり。
警察沙汰も一度や二度じゃない。
そんなところへまだ幼い私を、連れて来られる訳がない。
「私はそういうのができないから知らなかったんだけど、インターネット? でかなり酷く言われていたみたいでね。すっかり心を壊してしまったのさ」
そう言うと、おばあちゃんは立ち上がった。
「そろそろ、いい時期かもしれないねぇ。もし、その気があるのなら、見ていくかい?」
「何を?」
「パパからあなたへの、ビデオメッセージ」
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