第7話 似た者同士

「氷見君」


「なに?」


 更科さんと光莉の三人でいつものようにお昼を食べていると、妙に更科さんがチラチラ見てくると思ったら、お弁当箱を膝に置いて俺の方を向いた。


「その顔どうしたの?」


「昔懐かし『おべんと付いてるよ?』でもなってる?」


 俺は慌てて顔を触って確認するが、特に何か付いてるものはなかった。


「いっくんのはわざととかじゃないからね。天然なの」


「光莉さんは知ってるの?」


「名誉の負傷だよ」


 そこまで言われてやっとわかった。


 俺の額にはガーゼが貼られている。


 体育の時に色々あって怪我をした。


「もしかしなくても私のせいだよね……」


「自意識過剰だよ。これは馬鹿が馬鹿なことをして俺が被害を受けただけ」


 この怪我を更科さんのせいだとは思わない。


 確かに俺に故意にぶつかってきた奴は「更科さんとお前じゃ釣り合わないんだよ」とか言って突進してきたが。


 そんなわかりきったことをわざわざ言われても困るし、それが俺を怪我させていい理由にはならないので、ちゃんと二度とこわなことが出来ないようにはしておいた。


「自業自得だけど、血を流しながら怒ったいっくんに詰め寄られてたあの人泣いてたよ?」


「頭に血が上ってんだろうな、ドバドバ血が出てたし」


 だから少し困った。


 洗濯をしてくれる姉さんに血のついた体操着を出したらどんなことを言われるのか。


「姉さんに心配かけたくないんだけどな」


「いっくんいっくん、ゆーちゃんが泣いてる」


 光莉に言われて更科さんの方を見ると、更科さんが何故か涙を流していた。


「え、なんで?」


「だ、だって、私のせいで氷見君が怪我をして……」


「だから自意識過剰。確かに更科さんと関わってなかったら今日は怪我をしなかったかもしれないけど、そんなの結果論でしょ」


 それに更科さんと付き合うフリをすると決めたのは俺自身だ。


 そこを更科さんのせいにするつもりはない。


「いっくんかっこよかったよ。多分日頃の鬱憤も一緒に晴らしてたけど」


「だってあいつ、いつも更科さんのこと話してるけど、内容がうざいから」


 人に興味のない俺でも、更科さんと疑似恋愛をするようになってからは、更科さんの話をする奴らはなんとなく覚えた。


 さすがに名前まではわからないけど、クズかそうでないかぐらいはわかる。


 そして今日の奴はクズだ。


「どんな話しててウザかったの?」


「『更科さんは本当は俺のことが好きだ』とか『あいつに脅されてる更科さんを助けなければ』とか『更科さんには俺がいないと駄目なんだよな』とか、言いながら腹が立つことを言ってたな」


 言ってる途中でムカムカしてきた。


 更科さんを勝手に弱者にして、勝手なことばかり言っている。


 実際そんな奴らばかりなんだろうけど、あいつはそれを毎日のように大声で話していて不快だった。


 だから今回のことはちょうどいい。


「今回みたいに目に見えることをしてくれると助かるんだよな。ああいう本物の馬鹿は他にはいないだろうけど、教師の前でやってくれる馬鹿募集中なんだよな」


 おそらく俺のような陰キャに手を出しても周りの奴らが味方してくれると思っていたのだろうけど、あいつはクラスでも嫌われ者だから味方なんていなかった。


 だから俺がやり返しても俺は無罪放免になった。


「これであいつの高校人生は終わったな」


「いっくんって人の不幸大好きだよね」


「失礼なことを言うな。俺はクズには相応の報いを受けさせたいだけだ」


 俺はクズが嫌いだ。


 だから相応の報いを受けさせないと気が済まない。


 その為にはまず相手が抵抗出来ない状況を作らないといけない。


 それを今回は相手が勝手にやってくれて助かった。


「だから更科さんが気にすることないからね?」


「でも、まだ全部が終わったとは限らないよね?」


 それは確かにそうだ。


 逆恨みから刺されるなんて、話ではよく聞く。


 刺されるは比喩だとしても、何かあってもおかしくはない。


「更科さんは俺が守るから」


「自分のことを気にしてよ!」


 更科さんが目をうるうるさせて俺を睨む。


「いっくん強いから大丈夫だよ」


「そういう問題じゃないよ。……強いの?」


「強いよ。いっくんに勝てるのはお姉ちゃんだけだから」


「光莉、更科さん困ってるから」


 俺は別に強くはない。


 ただひねくれてるから口撃力は少し強い自負はある。


「てか、そんなことはどうでもいいんだよ」


「どうでもよくないからね」


「更科さんは明日暇?」


「明日、土曜日?」


 俺は頷いて答える。


「バイト終わりなら」


「更科さんもバイトしてるんだ。遅くならないようにするから明日うちに来てもらってもいい?」


「え?」


「いっくんが私以外の女の子を家に呼んでる、浮気だ」


 光莉のことは無視するが、姉さんに更科さんのことを話したらすぐにでも会いたがっていた。


 だけど姉さんも忙しく、明日は無理やり暇な時間を作ってくれた。


「夜なら姉さんも暇な時間あるんだけど」


「今度はお泊まりのお誘いだ。いっくん男の子してるー」


 ちょっとうるさいので光莉に軽くデコピンをした。


 すると「暴力反対、でぃーぶいだー」と訳のわからないことを言い出したので頭を撫でて黙らせた。


「姉さんが更科さんに会いたいみたいでさ。駄目?」


「多分それを最初に言うべきだと思う。お姉さんには私も会ってみたかったからいいよ。夜遅くでも平気だし」


「補導されるでしょ」


「そっか」


 更科さんは何でもないように言うが、更科さんの家は高校の最寄り駅から結構離れていると言っていた。


 つまりは俺の家ともそれぐらい離れている。


 なのに夜遅くても平気なんて普通はありえない。


 ただの勘違いの可能性があるから何かを聞いたりはしないが。


「じゃあ姉さんには言っとく」


「私も居るから大丈夫だよ」


 光莉が俺の腕を掴みながら笑顔で言う。


 撫でるのをやめようとしたら光莉にガッチリ掴まれた。


「光莉さんは氷見君のお家によく行くんだよね?」


「ほとんど毎日行ってるよ。お泊まりはたまにだけど」


「なんかいいね」


(嫌な予感)


 とても嫌な予感がして、見てないけど背後で光莉が笑顔なのがわかる。


「じゃあゆーちゃんもお泊まりしよ」


「……いいの?」


 断るか聞き返すかと思ったが、更科さんは俺に顔を向けて聞いてくる。


「俺と姉さんは別に気にしないよ。ただ布団はないから俺のベッドになるけど」


「氷見君と一緒に!?」


「そんな訳ないでしょ。俺は姉さんと寝るよ」


 光莉が泊まる時は姉さんと光莉で寝させている。


 姉さん曰く『ひーちゃんといっくんを一緒に寝かせると、いっくんが襲われるから駄目』とのこと。


 普通は逆なのはわかる。


 だけどそうなのだから仕方ない。


「つまり、私とゆーちゃんでいっくんのベッドを使うってこと?」


「そうなるな。それか俺は床」


「それなら私が床で寝るよ。氷見君の家なのに氷見君が床なんて絶対に駄目」


 更科さんは真剣な表情で言うが、多分姉さんと一緒に寝るから床で寝ることはない。


「まぁ泊まる泊まらないは明日までに決めといてよ。連絡くれたら……」


 そこでふと思い出した。


 俺は更科さんの連絡先を知らないことに。


「そういえば氷見君とは連絡先交換してなかった」


「俺には連絡先を交換するっていう考えがなかった」


 何せ俺のスマホに入っている連絡先は姉さんと光莉だけなのだから。


「私も光莉さんとバイト先以外は連絡先ないよ」


「私も似たような感じだよ。似た者同士だ」


 更科さんは特定の誰かを作らないように連絡先は交換出来ないだろうから俺達とは少し違うだろうけど。


 それでも確かに友達がいないことに関して言えば似た者同士だ。


 そんなこんなで更科さんがうちに来ることが決定した。

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