第6話 ベッドの上で

「いっくん」


「珍しく真面目な顔でどうした?」


 更科さんとの噂が落ち着くことはなく、学校では未だにその噂でもちきりだ。


 更科さんと話した結果、付き合ってることは隠さないことにした。


 お昼は一緒に食べているし、下校も駅までは一緒だからそもそも隠す気は最初からなかったが。


「いっくんはゆーちゃんとの関係がこのまま進んでも平気だと思う?」


 ゆーちゃんとは更科さんのことだそうだ。


 あだ名で呼ぶ程に仲良くなったらしい。


「どうだろうな。更科さんの最終目標は告白されるのを無くすことで、少なくとも告白を断る口実があればいい訳だし」


 それで言うならこのままでも大丈夫なはずだ。


「いっくんの方は?」


「俺は……まぁ実害はないから特に気にすることはないかな?」


 俺に直接話しかけてくるのは女子生徒Aだけだから、特に実害はない。


 だから別にこのままいっても平気だ。


「ほんとに実害ない?」


「今のところはな」


 何も無い訳ではない。


 実害が無いだけで、陰口なんかは聞こえてくる。


 そんなのは所詮子供のお遊びだから気にならない。


「ところでさ、いつも言ってるけど俺のベッドに帰ってきたまんまで座るのやめて」


 今日は光莉と一緒に更科さんを駅まで送った。


 そしてその後は光莉と、俺と姉さんの住むマンションに帰ってきた。


 姉さんは仕事でまだ帰ってきていない。


「だっていっくんの部屋って椅子一つしかないじゃん」


「じゃあその椅子を使え。外から帰ってきた格好でベッド使われんのやなんだよ」


「毎日のように聞いてるから知ってる。だから毎回言ってることを返すね。私、そんなに不潔……?」


 光莉が悲しそうな顔で言う。


「そういうのいいから下りろ」


「いっくん厳しい。前は心配してくれたのに」


「演技だとわかってて相手する程優しくはないんだよ」


 初めてやられた時は焦った。


 光莉が泣けば姉さんに嫌われる。


「でもなんだかんだで許してくれるいっくん好きだよ」


「姉さんに嫌われたくないだけだ」


「いっくんってそうやってお姉ちゃんを言い訳に使うけど、本当は私のこと大好きなだけなんだもんね」


 光莉が笑顔で言う。


 確かに光莉のことは好きか嫌いかで言ったら好きだ。


 だからって全てを許す訳ではない。


「じゃあそろそろ本気で怒っていいか?」


「お姉ちゃんに泣きつくかもしれないけどいい?」


「そうやって姉さんを盾に使うな。ちなみにこれは姉さんに光莉が言うことを聞かない時にやればいいって言われたことだから泣きついても俺が困ることはない」


 光莉の顔が強ばる。


「な、何する気? ついに私の貞操でも奪うの!?」


「そうやってふざけてられるのも今のうちだから」


 本当に効果があるかはわからない。


 だけど姉さんからは『絶対に効果あるから』と言われた。


 その時の姉さんの顔が悪巧みしている時の顔だったのは気になるが。


「光莉」


 俺はベッドに手を置いて少しずつ光莉に近づいて行く。


「え、いっくん?」


 光莉が困惑しているのがわかる。


 だけど無視してじわじわと光莉に近づく。


「わ、わかってるんだからね。どうせ直前で止まるんでしょ。今引くなら許してあげなく──」


 光莉の背中が壁に当たる。


 これで逃げ場は無くなった。


「いっくん、駄目だよ。まだ明るいし、それに今はフリでもゆーちゃんと付き合ってるんだよ? それにずっと私の気持ちを無視してきたのにいきなり……」


 今にも泣き出しそうな光莉の顔に触れると、光莉は怯えながらも目を閉じた。


 俺はその顔に自分の顔を近づける。


 そして……。


「期待した?」


 光莉の耳元でそう囁いた。


「にゃ?」


「反応が想像以上に可愛いな」


 光莉の顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「猫ちゃんどうした?」


「んにゃあぁぁぁぁぁ」


 光莉がそう叫ぶと、俺に抱きついて顔を俺の胸に押し付ける。


「いっくんのばか、変態、シスコン!」


「罵倒かと思わせといて最後には褒めるのかよ」


「いっくんのばか、そうやって女の子を手玉に取るんだ、いつかはゆーちゃんにやって反応楽しむんだ」


「なんで更科さんにやるんだよ」


 さりげなく酷い風評被害を受けたが、更科さんにこんなことをする訳がない。


「俺がこんなことするのは光莉だけだろ」


「いっくんのばか、天然たらし、でも好き……」


「ばかを言わないと気が済まないのかよ……」


 そもそも光莉以外の人に俺がこんなこと言える訳がない。


 光莉になら姉さんに言われたからと言い訳をして言えるけど、他の人にそんなことを言っても引かれるだけだ。


「でも姉さんが効果あるって言ってたけど、どう効果あるんだ?」


「いっくんから余計に離れられなくなった」


「物理的に?」


「どっちも」


 正直離れて欲しい。


 これ以上はちょっとやばい。


「光莉に抱きつかれると嬉しいけど、色々とまずいからそろそろ離れて」


「やだ、いっくんが私を女の子として見ちゃうなら絶対に離さない」


「姉さんが帰ってきたら赤飯炊いちゃうだろ」


 いまの状況を見ただけでも喜んで赤飯を炊く。


 そうでなくてもご機嫌の姉さんからの質問攻めや、更に色々と始まって気がつけば明日になっていてもおかしくない。


「次いでに大人の階段上る?」


「光莉って可愛い顔して変態なんだよな」


「いっくんが私を可愛いって……」


 光莉の顔が溶けた。


 どうやら都合のいい言葉しか聞こえなくなっているようだ。


「可愛い光莉、光莉の顔が見たいから離れて」


「じゃあいっぱい見せてあげる」


 光莉はそう言って俺から少し離れ、膝立ちになって抱きつき、俺のおでこに自分のおでこを当てる。


「おまっ──」


 俺が顔を後ろに引こうとしたら、頭を押さえられた。


「いっぱい見せてあげるね」


「まじでやめてくださいよ……」


 これだけ近いと、光莉の吐息や光莉の熱を感じて本当にまずい。


「いっくんも顔が赤いよ」


「うるさい」


(どっちがたらしだ)


 こんなの赤くならない方がおかしい。


 姉さんに言われたこととはいえ、少しやりすぎたようだ。


「いっくんはさ、ゆーちゃんとどこまでやるの?」


「少なくともここまではやらない」


「でもデートはするよね?」


「そうだろうな、多分見てて付き合ってるって思われるようなことはする」


 デートというか、一緒に出かける約束はした。


 日にちなんかは決まっていないが。


「ちょっと心配」


「何が?」


「ゆーちゃんにいっくんが取られないか」


 光莉はずっと更科さんと俺との関係が本気にならないかを心配している。


 そんなことはある訳がないのに。


「更科さんとは確かに話しやすいし、一緒に居るのは楽ではあるよ。だけどそれで好きになるなら俺は光莉と付き合ってるだろ」


 更科さんよりは光莉の方が話しやすいし一緒に居て気が楽だ。


 更科さんとはまだここまでフランクにはなれないだろうし。


「まぁ付き合えるかどうかは光莉次第なんだけど」


 俺が勝手に言ってるだけで、付き合って貰えるかなんてわからない。


 ただの仮定の話だ。


「……いっくんってほんとにおバカさんだよね」


「その罵倒は喧嘩を売ってるって思っていいか?」


「先に売ったのはいっくんだから」


 光莉が頬を膨らませて俺をジト目で睨む。


「まぁいいんだけどね。それより、ゆーちゃんのことが本気で好きになったら絶対に言ってね」


「いいけどなんで?」


「本気出すから」


 それは答えになってない気がするけど、光莉の目が何かを決意した本気の目だから何も言わない。


 万が一にも俺が更科さんを本気で好きになることはない。


 なったところで釣り合わないのだから。


 そうしてしばらくの間、俺と光莉はそのまま会話を続けた。


 離れられたのは、姉さんが帰ってきて俺の部屋を覗いた時だ。


 姉さんに真顔で写真を撮られ、我に返った姉さんに質問攻めを遭うまで。

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