第4話 更科さんの笑顔
学校に着いた俺は更科さんの影響力を知ることになった。
昨日まではモブAだった俺にクラス中から視線が集まる。
それだけでなく、教室の外からも。
(確かにめんどくさい)
予想してなかった訳ではないが、まさか初日からバレてこの数は予想を超えていた。
幸いなのは話しかけてくる奴がいないことだ。
それなら別に──。
「ねぇねぇ、氷見君」
こうして俺の平穏な生活は終わった。
(みたいな感じで物語みたいに別の描写に変わればいいんだけど)
現実はそうではない。
仕方ないので話しかけてきた女子生徒Aに視線を向ける。
名前はわからないが、確かクラスの中心人物だったような気がする。
「氷見君って更科さんと付き合ってるの?」
「俺じゃなくて更科さんに聞いて」
「そうしたいんだけど、私みたいなので溢れ返ってるんだよ」
(可哀想に)
俺は更科さんのクラスの方に念だけ送っておく。
「だから同じクラスの氷見君に聞こうかなって」
「なんで知りたいの?」
「人間だから?」
それで納得出来てしまうから人間とは恐ろしい。
「確かに人間は人の事情に土足で踏み入るの大好きだもんね」
「そうそう、だから教えて」
遠回しに「クズは帰れ」と言ったつもりだったけど、この人は結構心が強いらしい。
「どうせ付き合ってないって言っても信じないんだから、勝手に付き合ってることにすればいいじゃん」
「それだと違った時に悪いでしょ?」
(だったら今の状況も悪いと思え)
無駄に聖人アピールをするぐらいなら最初からくだらない質問をしないで欲しい。
「正直私はどっちでもいいんだよ。噂が嘘ならそれをちゃんと広めて氷見君を守りたいし、本当なら応援するから」
「……」
こういう綺麗事を言う奴が一番腹が立つ。
自分はあなたの味方みたいに言って情報を聞き出すやり口。
そうして手に入れた情報を使って相手を手駒に取る。
「俺、あなたのこと嫌いみたいだから何も教えたくはない」
「私は逆に氷見君のその性格結構好きだよ」
俺と女子生徒Aは薄っぺらい笑顔を向け合う。
「まぁ冗談は置いといて」
女子生徒Aが真顔になる。
「本当はアドバイスしに来たんだ」
「アドバイス?」
「異性と付き合うならちゃんと話さなきゃ駄目だよ」
「……」
「ちなみに付き合うは一緒に居るって意味ね」
女子生徒Aはそれだけ言って自分の席に戻って行った。
結局なにがしたかったのかよくわからない人だった。
(話し合いね)
確かにその必要性は実感した。
昨日の今日では何も起こらないと簡単な話し合いしかしなかったせいで少し困った。
俺と更科さんが付き合ってることはもう話していいのか、どこまで何を話していいのかなどをちゃんと話せていない。
(昼休みかな)
昼休みを一緒に食べる約束だけはしたから、そこでちゃんと決めなければいけない。
「疲れた……」
「本当にごめんなさい」
昼休みになり、更科さんと校舎裏に逃げてきた。
逃げ切るまでの逃亡劇は説明するのがめんどくさいからしない。
「行くとこ行くとこに目があるのやばいでしょ」
「私の認識の甘さのせいです。ごめんなさい」
更科さんはさっきから謝ってばかりだ。
「うちのクラスの奴にアドバイスされたんだけど、ちゃんと話そ。決め事とか」
「そうですね。それよりも先に確認してもいいですか?」
「なに?」
「今回のことで関係を切られても仕方ないと思ってます。なので、それなら先に……」
更科さんが言いながらしぼんでいく。
(ちょっと可愛いな)
悪いとは思っても、思ってしまったのだから仕方ない。
「一回引き受けたことを無しにはしないよ。そんなことしたら姉さんに怒られる」
「基準はお姉さんなんですね」
更科さんが少し笑顔になった。
「それで更科さんはなんて答えてたの?」
「私は氷見君と付き合っているのかを聞かれたんですけど、言っていいのか悩んでしまって、だんまりでした」
「俺も話して平気なのかわかんなくて付き合うとかの話はしてない」
「じゃあまずはそこからですね」
更科さんがお弁当箱を開けながらそう告げる。
「それより先に決めることがある」
俺もお弁当箱を開けながらそう告げる。
「なんでしょう?」
「敬語をやめて」
会ってからずっと思ってはいたけど、ちゃんと関わるのなら言っておきたかった。
「会ってすぐならまだ良かったけど、これからフリでも付き合うなら敬語はやだ」
「……善処します」
「それが出来ないならフリをやめるけど?」
「それは困りま……、困る」
聞き分けのいい人は好きだ。
まぁ敬語を使うからって付き合うフリをやめることはないのだけど。
「ちなみに敬語じゃないといけない理由はあった?」
「ないで……、ないよ。ただボロが出ないようにって」
「そういうことね」
おそらく学校では作った自分でいるのだろう。
なんでそんなことをしてるのかは聞かないけど、それなら気にする必要もなさそうだ。
「もしも他の奴らの前で敬語が抜けたら、俺の前ではそう話してるって言えばいいよ」
「それはとても助か、るけど、いいの?」
「俺は敬語使われる方が嫌だ」
敬語が素なら別に構わない。
それを無理やり変えるのは相手に悪いから。
だけど普段が敬語でないのなら、俺の前では演技なんかして欲しくない。
「俺はありのままの更科さんの方が好きだから」
「……」
返事がなかったので更科さんの方を見たら反対側を向かれ、手のひらを向けられた。
「見たら駄目。今見たら氷見君のせいで敬語に戻るから」
「それは俺が困る」
よくわからないけど俺のせいなら敬語をやめさせることが出来なくなる。
俺は言うことを聞いて姉さんお手製のお弁当に視線を戻す。
「更科さんのお弁当って自分で作ってる?」
「作ってる。私、家事は得意なんだよ」
そう言う更科さんを横目で見ると、卵焼きを掴んだり離したりしていた。
「氷見君のはお姉さんが?」
「そう、姉さんのは俺が作ってる」
「カップルみたいなことしてるんだ」
そう言われてもわからない。
姉さんとはそれが普通で、今まで不思議に思ったことはないから。
「一緒にお風呂入ってたり?」
「さすがにそれはないよ」
「だよね」
「姉さんの帰り遅いから」
「……そっか」
昔はよく一緒に入っていたけど、姉さんが仕事を初めてからはそんな時間が取れなくなった。
「ほんとに仲良しなんだね」
「俺は尊敬してるんだよ、姉さんを。姉さんのおかげで今の俺があるって言えるから」
傍から見たらシスコンや過保護とか言われるのかもしれないけど、姉さんがいなかったら俺は学校に通ってはいない。
「姉さんの負担を少しでも減らすのが俺のすべきことだから」
「ちょっと羨ましい」
更科さんが今にも泣き出しそうな顔でそう言う。
「姉さんは渡さないけど、俺なら更科さんと一緒に居るよ?」
「え?」
「仲のいい
(多分、きっと、頑張れば)
言ってから思ったが、俺は友達と仲良くするという記憶がない。
幼なじみとは仲はいいけど、どちらかと言えば遊んで貰っていた。
だから俺に更科さんを満足させられるかはわからないけど、頑張ってみる。
「氷見君って頭がいいのか馬鹿なのかわかんないね」
「バカにしてる?」
「ううん、ありがとうってこと」
更科さんが満面の笑みで俺に言う。
よくはわからないが、とりあえず悲しい顔は取り除けた。
この調子で更科さんの笑顔を守っていければ幸いだ。
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