第3話 粘着系の変質者
更科さんに呼び出された次の日、俺は何事も無いように学校へ向かった。
昨日は噂されればいいだろう程度の気持ちで更科さんと一緒に帰った。
と言っても俺は学校が徒歩圏内で、更科さんは電車通学だから駅までだけど。
時間が中途半端だったから見られているかはわからないけが、それも学校に着いてみたらわかることだ。
そんなことを考えていたら。
「うわ」
「人の顔見てその反応はないだろっていつも言ってるよな?」
確かにいわれているけど、目の前にニヤついて何かを企んでそうな変質者がいたら誰でもそんな反応になる。
見た目はいいのに中身が残念なこの男は
「今日はなんの用だ?」
「なんとなくお前が何かを諦めた気がしたんだが?」
「安心していい。いつものことだから」
「そろそろ名前を覚えろって。水沢
人の名前を覚えるのが苦手だ。
名字と名前と顔が一致するのは二人しかいない。
「お前の名前が更科さんぐらい有名なら覚えられたかもしれないのに」
「俺の名前は結構無難で覚えやすいと思うんだけど、そうじゃなくて、それだよ」
(どっちでどれだよ)
水沢を一言で表すと、めんどくさい。
俺が言えたことでないのはわかっているけど、言い回しが回りくどいし、含みのある言い方をしてくる。
人の言葉の裏や、意味をなんとなく理解出来るようになったのは多分こいつのせいだ。
「更科さんと付き合ったってほんと?」
「……」
(どう答えるか)
正直に更科さんとの仲を伝えてもいい。
水沢は俺の困ることは絶対に出来ないから、人に話したりはしないはずだ。
だけど『絶対』であって『確実』ではない。
「お前が言い淀む。それはつまり言えない理由があるのか。普通に付き合ったなら隠さないよな、人の目とか気にしないし、何より昨日一緒に帰ってる訳だから」
水沢のこういうところが好きではない。
何でも邪推して勝手に結論付ける。
いつもは否定するのがめんどくさいからそのまま放置だけど、更科さんに迷惑のかかる邪推なら否定をしなければいけない。
「お前さ、言い訳とかしないと確定するぞ?」
「いつも言い訳しない俺が言い訳したらそうだって認めるだけだろ」
「それもそうか。それで実際どうなの?」
「俺さ、いつも言ってるけどお前のこと嫌いだから」
俺は水沢と友達という訳ではない。
むしろこいつとは関わり合いになりたくない。
「どうしたら気に入ってくれるんだよ」
「お前が姉さんを好きだと言ってるうちは嫌いから変わることはない」
水沢が俺を本気で困らせられないのは、姉さんにバレたら確実に嫌われるから。
水沢は入学式で姉さんを見て一目惚れしたらしい。
姉さんは可愛くて綺麗で天使のような存在だから一目惚れはわかる。
だけど上辺だけ見て好きだと言ってる水沢のことが初めて話したその時から嫌いだ。
「確かに会って最初の言葉が『君のお姉さん紹介して』は自分でも酷いとは思う」
「最低のクズだろ。それからもずっと付きまとって」
さすがに通報されるのを恐れたのか家まで付いて来ることはないけど、こうして待ち伏せされることは多々ある。
相手をしなければいいのだろうけど、それで家までついて来るようになったら姉さんに迷惑がかるから出来ない。
「それで更科さんと付き合ってるの?」
「俺がお前に教えてやることはない」
「そんなこと言うと俺が根も葉もないこと言いふらすかもよ?」
「勝手にしろ。お前が姉さんと会う可能性がゼロになるだけだから」
(言わなくてもゼロだけど)
言いふらされたら言いふらされたで更科さんの思惑通りだから別に構わないし、俺としてはどっちでもいい。
「あの子には真実伝えてあるのか?」
「会ってないから話してる訳ないだろ」
あの子とは俺の幼なじみのことだ。
俺が姉さんの次に信頼している相手。
昨日は更科さんに呼び出されていたから先に帰らせた。
(そういえば寂しそうだったな)
先に帰って欲しいと伝えた時の顔がとても寂しそうだった。
それに毎日のようにうちに来ていたのに、昨日は来なかった。
たまたまなのだろうけど。
「モテる男は辛いな」
「自慢のつもりか? 姉さんを断る理由に使ってる奴が」
水沢は性格はあれだけど顔がいいからモテるらしい。
告白も度々されていて、その度に好きな人がいると言って断っていると、前に聞いてもいないのに話してきたことがある。
「一途なところをアピールしたつもりなんだけど」
「なってないだろ。ただのモテる自慢にしかなってない」
だんだん話すのに疲れてきた。
元から俺は人と話すタイプではない。
姉さん達や更科さんと話すのは疲れないが、こういうめんどくさい奴と話すのは心底疲れる。
「無自覚はこれだから。まぁいいや、それより本題」
(まだあるのかよ)
もう早く学校に行って一人の空間に入りたい。
「更科さんのことなんだけど、お前が付き合ってるってことで話すな。更科さんさちょっとした噂があんのよ」
「くだらないから聞く気はない」
俺はそう言って水沢の隣を抜けて行く。
人から聞く人の噂程くだらないものはない。
それは俺が一番嫌いなことだ。
「更科さん、昔付き合ってた相手を不登校にさせたって」
水沢が無視する俺に気にせずそう告げる。
本当にくだらない話だった。
「それで? どっちにしろ俺が不登校になろうとお前には関係ないだろ」
所詮は噂。
もしそれが本当だとしても、本人から何も聞かないで勝手に離れることはしたくない。
「俺はお前の為を思って──」
「俺の為? 違うだろ。お前は俺に貸しを作りたいだけだ。それを使って姉さんに近寄りたいから」
「違っ、俺は──」
「心配するフリをしたら何言っても許されると思うなよ」
水沢の言ってることは真実かもしれない。
だとしても俺は水沢を信用しない。
嫌いだからとかではない、許せないだけだ、人の噂を相手の為と言って話す奴が。
「頭には入れといてやる。だけど次は無いと思え」
俺は水沢の顔を見ずにその場を後にする。
内心ではわかっている。
水沢が善意で俺に更科さんのことを教えてくれたのだと。
わかっていても肯定は出来ない。
更科さんの口から真実を聞くまでは。
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