第2話 目指せレベル10
「ところで付き合うフリって何をすればいいの?」
付き合うフリをすることは同意したけど、結局のところ何をすればいいのかわかっていない。
「これを言うと氷見君に嫌われるかもなんですけど」
「もしかして断る理由に『好きな人が』とか言った?」
「何でもわかるんですね」
別に何でもわかる訳じゃない。
更科さんはわかりやすいだけだ。
「更科さんは真面目だから俺が困るであろうことしか前提置かないかなって」
「つまり困るんですよね?」
「一般的には? 俺を好きって言った訳でもないだろうし、言ってたとしても別に困りはしないかな?」
それならこれから少しずつバラすという面倒な作業が無くなるだけだ。
そもそもが俺のところにちょっかいをかけてくる奴がいない時点で俺の名前を出してないのはわかる。
「あ、もしかして好きな人の特徴で俺使った?」
「なんでそんなにわかるんですか!?」
更科さんが驚いたような顔をする。
「真面目な人の考えってわかりやすいから。後何も考えてない人も」
何とかと何とかは紙一重と言うが、わかりやすさで言えばその通りだ。
「なんだかバカにしてます?」
「してないよ? むしろ真面目だって褒めてるんだけど」
「別に私は真面目ではないですよ? そう見られてるみたいですけど」
更科さんが真面目でないなら、真面目な人とはどんな人を言うのだろうか。
どんなことにも疑いを持たず、全て従順に事を成す人だろうか。
それは真面目ではなく操り人形と変わりない気がするが。
「ということで更科さんは真面目ってことで」
「どういうことですか?」
「それよりなんで俺だったの?」
まだ俺が選ばれた理由を聞いていなかった。
「まず、氷見君は私に興味が無いですよね?」
「今は少しある」
「恥ずかしいのでそういうことは言わないでください」
「理不尽な」
自分で聞いておいてそれは酷い。
その更科さんは自分の頬を両手で押さえている。
「えっと一番の理由はそれです」
「興味あったら本気にしたりつきまとわれたりするからか」
「はい、まさか顔も覚えられてないとは思いませんでしたけど」
更科さんが薄く笑う。
それは本当に申し訳ない。
「でも大丈夫。俺はクラスの奴の顔と名前もわからないから」
「自慢出来ることなんですか?」
「自慢じゃないよ、更科さんのことは名前だけは覚えてたから少し特別ってこと」
「だから……」
更科さんが今度は顔を押さえて後ろを向いてしまった。
「更科さんって照れ屋なんだね」
「普通照れますから。氷見君だって……いや、無いか」
更科さんが俺の顔を見て何かを悟った。
俺だって照れることぐらい……ある。
記憶には無いけど、きっと姉さんに聞けばあるはずだ。
「ただ恋人のフリをするのもあれですし、目標を作りましょう」
「いいかもね。途中で飽きても困るし」
「それはほんとに困ります」
さすがに途中でやめるのは姉さんに怒られるのでしないけど。
それでも目標があればやる気に繋がる。
「私は氷見君を照れさせることで」
「多分簡単だよ?」
「氷見君だと私がいきなり服を脱いだとしても照れない気がします」
「確かにここでいきなり脱がれたら照れより心配が勝ちそう」
(頭の)
「絶対失礼しますなことを考えましたよね?」
「仮定の話だから大丈夫」
何が大丈夫なのかは自分でもわかっていないが。
「まぁいいですけど。それで氷見君は何にしますか?」
「じゃあ更科さんに楽しい思い出を作って貰うことにしようかな」
せっかく嘘でも彼氏になるのだから、更科さんに「楽しかった」と思って貰いたい。
それにそれが出来れば恋愛についても何かわかるかもしれない。
「それこそ簡単ですよ」
「自分で言うのもあれだけど、俺ってつまらないよ?」
幼なじみにもそう言われた。
そこが面白いとも言われ、今でも付き合いはあるが。
「この数分でも、私は光莉君を面白い人だと思いましたけど」
「感性歪んでない? そういうのは大人になる前に矯正しないと困るよ?」
「そういうところですよ」
よくわからないけど、更科さんが笑顔だからいいことにする。
「あ、それと、何かあったら言ってよ?」
「と言いますと?」
「俺みたいな陰キャぼっちに告白を止める程のネームバリューは無いから、告白は止まらないじゃん」
「自虐が酷いですよ」
仕方ない、事実なのだから。
「そんで、告白を俺を理由で断っても引き下がる奴の方が少ない訳で、そういう時に何かされる前に俺を頼ってねってこと」
フリでも彼氏ならそれぐらいはする。
未来のことはわからないけど、おそらく俺を彼氏役にしないで好きな人がいる設定の方が穏便に済ませられたかもしれない。
だからせっかく俺が選ばれたのだからその未来よりかはいい未来にしたい。
「えっと、聞いてる?」
更科さんがぼーっと俺の顔を見ているから顔の前で手を振る。
「あ、はい。ちょっと嬉しすぎて」
「何が?」
「色々です。氷見君をえらんで良かったなって。氷見君からしたら迷惑でしかないでしょうけど」
「そうでもないよ?」
更科さんは不思議とクラスの奴らなんかとは違い、話していても不快にならない。
そもそもクラスの奴らとは話したいとも思わないけど。
「更科さんは話しやすいから」
「私も氷見君は話しやすいです。本当に好きになったらごめんなさい」
「それは光栄なことでは?」
更科さんのような綺麗で真面目な人に好かれるのは嬉しい限りだ。
「うぅ……、自業自得なだけになにも言えないです」
更科さんが何故か顔を押さえてうずくまった。
「どうしたの?」
「気にしないでください。不埒なことを考えてバチが当たってるだけです」
「あ、もしかして照れさせようとしてたの?」
更科さんが頷いて答える。
「そうだよね。俺を好きになるとかある訳無かった」
(恥ずかしい勘違いをしてしまった)
「ん、恥ずかしい?」
「はい?」
「照れるってどうなったらそうなの?」
恥ずかしいと照れるは親戚のようなものの認識だ。
もしそうなら俺はやはり照れたことがあるはずだ。
「恥ずかしさが最高点に達した時でしょうか?」
「じゃあ駄目だ」
今のは恥ずかしさのレベルで言ったら『レベル1』だ。
最高点を『レベル10』に設定したとしてもやはり全然だ。
「いつか『レベル10』を取れるように頑張って」
「よくわからないですけど、頑張ります」
俺が手を差し出すと、更科さんがその手を掴んでくれたので、引っ張って立たせた。
「それで結局俺は何をすればいいの?」
「とりあえず私と氷見君が付き合っているという噂はすぐに流れると思うので、それを聞かれたら同意してもらってもいいですか?」
「わかった。それと証拠作り?」
「そうですね。ただ付き合ってるって言っても疑うはいるので、一緒にお出かけしたり、何か付き合っている証明になるものが欲しいです」
つまりデートに行って何かお揃いのものを買えばいいらしい。
「それと極力一緒に行動してもらえるとありがたいです」
「学校でもってこと?」
「正確に言うならお昼を一緒に食べたり、一緒に下校したりです」
確かに世の恋人はそんなことをしていると姉さんも言っていた。
「わかった。一緒にいた方が露払いもしやすいしね」
「何から何まですいません」
更科さんが頭を下げて茶髪を揺らす。
「それって地毛なの?」
うちの学校は髪を染めるのが禁止されている。
それでもバレない程度に染めている奴はいるが。
そんなコソコソと少しだけやってまで目立ちたいのかと思わなくもない。
「……はい」
更科さんの顔が暗くなった。
「あの──」
「綺麗な髪だよね」
やっぱり染めてるやつよりも元の色の方が綺麗だ。
これで更科さんが嘘をついていたらただの知ったかだが。
「……ほんとに悪い人です」
「え?」
「何でもないです。それより氷見君は私にして欲しいこととかないですか?」
「じゃあ今度姉さんに会ってくれる?」
「いきなりご家族にご挨拶ですか」
「形的には?」
姉さんに俺が学校で話せる相手が出来たことを知らせなければいけない。
その為に更科さんを連れて行かねばいけない。
「私も氷見君のお姉さんに会ってみたいので喜んで」
「良かった。更科さんは姉さんの好きなタイプだろうから好かれすぎないように気をつけてね」
「え?」
「大丈夫、……大丈夫」
いざとなったら俺が止めればいい。
暴走した姉さんを止められるかはわからないが、その時の俺に任せた。
不安そうな更科さんに言えるのは「大丈夫」だけだった。
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