更科さんと氷見君の恋愛事情

とりあえず 鳴

第1話 特殊な恋愛事情

昔姉さんに言われたことがある『学生時代なんて一生で見たら大体四分の一ぐらいなんだから有意義に過ごしなさい』と。


その時に『有意義って?』と姉さんに返すと『恋愛とか?』と言われた。


正直恋愛に興味なんてなかったけど、姉さんがそう言うならきっと必要なことなんだと心にだけ留めていた。


結局高校一年になった今でも恋愛に関わったことはない。


だけど夏休みも終わり、二度目の衣替えが終わった今日、俺の下駄箱に謎の手紙が入っていた。


下駄箱に入っていたから落とした訳でもないだろうし、誰かの下駄箱と間違えていたのなら返さなければいけないから指定されていた放課後に校舎裏へ向かっていた。


宛名も何もないから仕方なく開いたけど、これが俺宛てでなかったら申し訳ないことをした。


それを謝る為でもあった。


そんなことを考えながら校舎裏に着くと、一人の女子生徒が立っているのが見えた。


(知ってるような、知らないような?)


廊下かどこかですれ違ったのか、見覚えがあるように感じる。


多分同級生で、地毛なのか茶髪を肩のところで切り揃えられている。


顔立ちは可愛いと言うよりかは美人と呼ばれる感じで、男子からの人気が高そうだ。


(そういえば一人の女子のことで騒いでるのがいたな)


クラスではボッチな俺でもそういうことぐらいは耳に入る。


とある女子が毎日のように告白されていると。


名前は確か更科さらしなさん。


(まぁ俺には関係ないけど)


そんなことを考えながら茶髪さんの元へ向かうと、茶髪さんの方もこちらに近づいてきた。


「お呼び立てしてすいません、氷見ひみ君」


どうやら手紙の差出人と差し出し相手に間違いはないようだ。


「それで用はなに? 手紙には時間と場所しか書いてなかったけど」


「それは本当にすいません。先に用件を伝えたら来てくれないと思って」


(つまりめんどくさいことを頼もうってことね)


そんなことを言われたらとても帰りたいが、来てしまった以上は話だけでも聞かなければいけない。


策士だ。


「氷見君、私と付き合ってください」


茶髪さんが腰を折って頭を下げた。


「やだ、それじゃあ」


俺が方向転換して帰ろうとしたら、茶髪さんに腕を掴まれた。


「す、すいません。言葉を間違えました。私付き合ってください」


「に?」


最初の『と』ならわかるけど『に』となるとわからない。


(興味を持たせる作戦? 気になるけど)


これが俺を止める為の出まかせなのか、最初から考えられていた作戦なのかはわからないけど、ちょっと興味が湧いてしまった。


「気になっちゃったから俺の負けだ。話は聞く、それと名前を聞いても?」


俺はそもそもこの子が誰なのか知らない。


もしかしたら上級生の可能性もあるし、そしたら言葉遣いから改めなければいけない。


「あ、あぁ……」


「なに?」


茶髪さんが驚いたように俺を見て、そして後ろを向いた。


「いや、ほんとになに?」


「気にしないでください。自意識過剰で恥ずかしいだけなので」


「自意識過剰?」


「ほんと、すいません。私は更科と言います」


「あなたが更科さんなのか」


確かに一年生であったら更科さんを知らない人は普通いない。


だけど普通じゃない俺と話してしまったせいで更科さんは……。


「自分でも一年生なら誰でも知ってるって思っちゃったのか」


「言わないでください。ほんと、自意識過剰ですいません」


多分周りから見たら悪いのは俺になると思う。


クラスの人でもうろ覚えだから、他クラスの人なんて二人を除いて知らないのだから。


「多分これを言ったら言い訳とかに聞こえるだろうけど、更科さんを見て更科さんの名前は浮かんだんだよね」


「私を見て?」


「綺麗な人だったから」


「氷見君は羞恥心とか無いんですか!」


更科さんが少し大きな声で言う。


「姉さんに『相手を褒める時は隠さない』って言われてるから」


「いいお姉さんですね」


「そう、最高の姉さん。俺が唯一尊敬出来る人」


俺の姉さんは弟の贔屓目無しに最高の姉さんだ。


何がと言われたら全てと答える。


言葉に出来ない訳でなく、本当に全てが優れている。


「一度会ってみたいですね」


「機会があればね。それで本題の方を話そうか」


「はい」


更科さんの表情が引き締まった。


「話は簡単なんですけど、回りくどく話しますね」


「それが姉さんとの時間よりも有意義でなかったら俺はキレるかもしれないことは先に言っとく」


「……簡潔に話します」


ちょっとした冗談のつもりだったのだけど、更科さんは真面目な人のようだ。


この時間はどうせ帰っても姉さんはいないから少しなら遅くなっても平気なのに。


「氷見君は私のことを知ってるんですよね?」


「噂程度には。綺麗な人で毎日のように告白されてるってぐらいには」


「……やっぱり」


更科さんの表情が少し緩まった。


「私を可哀想って思います?」


「違うの? 興味のない人から毎日のように告白っていう名のお遊びに付き合わされてるのに」


本気の人はいるのかもしれない。


だけどほとんどの人はダメ元で最初から諦めてとりあえず告白してる人ばかりのはずだ。


そうして「俺は告白したけどやっぱり駄目だった」や「ダメ元だったし別にいい」とか言ってる奴がクラスにもいる。


そうやって『告白』をただの話のネタにする為だけにされてる更科さんは可哀想だと思った。


「私に告白するのがステータス? になるとかでする人もいるみたいですね」


「考え方が最低なんだよな。それで彼氏のフリなら嫌だよ?」


「ですよね……」


要は告白されるのをやめさせる為に俺を彼氏ということにしたいのだと思う。


だけどそれは俺にはデメリットでしかない。


「ちゃんと断るね。まず、俺が彼氏になった場合、休みの日にデートのフリをしなければいかなくなるかもしれない。そうなると貴重な姉さんとの時間が減る、だからやだ」


「……それだけなんですか?」


「それ以外にある? むしろそれがある以上は絶対に無理だよ?」


平日は姉さんは仕事があって、俺は学校があるから夜しか基本は会えない。


休みの日だって俺がバイトに行けば会えないから、これ以上休みの時間を減らしたくない。


「学校でのことは平気なんですか?」


「別に知らない奴からどう思われようと興味ない……とか言うと姉さんに怒られるか。周りの目は気にならないタイプだから」


「……それなら最低なことを聞いてもいいですか?」


「いいけど、内容によっては返事しないで帰るからね」


更科さんは馬鹿じゃない。


俺にとって最低なこととは姉さん絡みのことなのは聞かなくてもわかる。


そしてそれを更科さんが理解してるのもわかる。


だから内容によっては本当に帰る。


「氷見君は、お姉さんに人付き合いについて言われたことはないですか?」


「最低って言うか卑怯だ」


言われたことはもちろんある。


姉さん以外の知り合いなんて二人だけだ。


それ以外は等しく興味がない。


姉さんは『友達をいっぱい作らなくていいから、人との付き合いだけは作った方がいいよ』と言われている。


だけど出来ないでいる。


「確かに人付き合いと恋愛については言われたことがあるよ。だけど……」


「私に付き合ってくれたら、その両方が叶えられますよ。それとも氷見君はお姉さんの言ったことを破りますか?」


「卑怯、下劣、やっぱり最低」


「結構心にきますけど諦めません。それとなんか可愛いです」


更科さんが慈愛に満ちた顔で俺を見てくる。


「………………わかったよ」


「ありがとうございます!」


更科さんがとても綺麗で丁寧なお辞儀をした。


どっちにしろこれ以上更科さんが告白を断り続ければ良くない噂が流れるのは確実だ。


それを防げたのに何もしなかった方が姉さんに顔向け出来なくなる。


「よろしくお願いします、氷見君」


「よろしくお願いします、更科さん」


こうして俺と更科さんのおかしな恋愛? が始まった。

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