第7話 説得力とは美少女的顔の良さが補ってくれる要素の一つだ
「貴女こそ、見たことがない顔だけれど。たしか、ここはフェクトム総合学園の初心者用のダンジョンの筈」
くぐもった声で少女はそう答えた。
思わず見惚れてしまったが、よく見れば口元に無骨なマスクを付けている。
ガスマスクのように見えるそれは、所々が鮮やかに光を放っており今もその効果を発揮していることは明らかだ。
と、その時クラムは気がついた。
「あっ学園の名前……」
:フェクトム総合学園?
:場所ばらされてて草
:フェクトムってどこだよ
:あー、なんか昔は強かった学校にそんなのあった気がする
:私のお母さんの卒業校で草
唐突な場所バレにクラムは内心で叫びを上げながらも、会話を続ける。
「わ、私はその噂のダンジョンを探検といいますか……配信といいますか」
「配信?」
少女が不愉快そうに眉を
マズい、とクラムは直感した。
慌てて、ダイブギアから投影していたチャット欄を閉じて、ライブカメラドローンを少女から見えない位置に移動する。
そして誤魔化するように声を張り上げた。
「そっ、それよりも!」
どうにか誤魔化そうと、クラムは近づいて必死に口を開く。
少女は心底迷惑そうに、冷たい視線を向けていた。
「私、追われてて! たぶん、このエリアの防御機構の一つだとは思うんですけど……」
より詳しく説明しようとした瞬間、背後で扉が破壊される音が響く。
怪物はついにクラムへと追いついてしまったようだ。
「ひぃっ!」
怯えた声を出すクラムとは違い、少女は冷たい表情のまま怪物を見ている。
「あ、アイツに追われているんです! 気をつけてください!」
「そう」
素っ気なく、まるで関心がないかのような言葉。
自身の武器をすべて使っても歯が立たなかった文字通りの怪物を相手に、少女はまるで当然の事のように指をさして言った。
「あれ、私が殺しても構わないの?」
「こっ、殺せるんですか!? 私でもまともに歯が立たなかったのに」
少女は頷かない。
しかし、クラムを庇うように前に出ると左手を横にかざす。
その瞬間、クラムは少女の腕に装着されていたそれに気が付いた。
(赤いダイブギア? 見たことがない型だ)
血のように鮮やかで、しかし
「別に、あの程度なら問題ない」
少女の言葉に呼応するかのように、腕輪から一振りの巨大な鎌が
「黒い、鎌?」
大きさは少女よりもあるであろう、漆黒の大鎌。
その表皮はまるで生物的で、所々ひび割れた場所から赤い光が見えている。
大鎌が現れた瞬間だった。
怪物が、今までとはまるで違った様子で駆け出す。
何かに怯えるようにも見えた怪物の姿に、クラムは疑問を抱く余裕も無く悲鳴を上げた。
「ひいっ、来ますよぉ!」
「問題ない」
簡潔な返答、そしてそれに
クラムへの攻撃以上の速度で振るわれた腕を、少女はまるで舞い踊るかのようにひらひらと
「まるで
吐き捨てるようにそう言うと、少女は大鎌を軽々と片腕で振るった。
少女に向かってきていた腕が、細かく裁断される。噴き出された血を鬱陶しそうに避けながら、次いで足を横薙ぎに左右同時に切り落とした。
ごとりと、音を立てて足が落ち、怪物はバランスを崩して地面に倒れ伏した。
少女は鎌に付着した血を振り払うと、怪物の様子を見るように距離をとる。
その光景を見て、クラムは即座に言った。
「そいつ、驚異的な再生能力を持っています! 何処を消し飛ばしても復活するんですよ!」
「そう」
おそらくは知っていたのだろう。
驚異的な再生能力に対して驚くことなく、少女は鎌の切っ先を地面に突き立てた。
鋭利な刃が地面に深々と刺さる。
蛇が巻き付いているかのような歪な装飾のなされた持ち手部分の先端の銃口を、怪物の先へと向ける。
と同時に、少女の手の辺りにグリップが現れた。
少女はそれを握り、引金に指をかける。
そして、まるで謳うように言った。
「――
生きている。
そう実感させるには十分すぎるほどに生物的なそれは、怪物に向けられた先端部分に強大な魔力を収束していった。
(魔力の収束砲撃!? あれだけの魔力の収束には時間がかかるはずなのに、ただの数秒で? それに、収束プログラムの構築もなかった)
クラムの知っている収束砲撃とは別次元の効率とプロセス。
不意に、クラムは自分が震えていることに気がつく。
疲労でも緊張でもない。
それは、目の前の少女に対する根源的な恐怖だった。
「――星々の瞬きを見たことはある?」
まるで可憐な少女の声で。
しかし死を告げる処刑人のようで。
美しくも残酷な問いと同時に、ソレは放たれた。
「うわっ」
思わず声を上げてしまうほどの熱気と魔力波。
銀色の光が支配する世界の中心で、少女はそれでも表情を変えることなく砲撃を放っている。
時間にして三秒。
しかし、それ以上の長い時間その光景を目撃していたかのような妙な感覚がクラムの中にはあった。
(今のは……何?)
「ふう」
疑問に頭が埋め尽くされるクラムを前に、少女は小さく息を吐く。
その瞬間、クラムは咄嗟に話しかけていた。
あと一秒でも遅ければ、少女がどこかに行ってしまう気がしたからだ。
「す、凄い。今のは一体?」
ライブ配信用のカメラはまだ生きている。
クラムは、少女に悟られないように情報を引き出そうと言葉を続けた。
「ソルシエラと言っていましたが、その大鎌の名前なのですか? というか、どこの学園に所属を!? いえ、そもそも貴女のランクは――」
「答える義理はない」
少女は冷たい視線と共にそれだけを吐き捨てる。
そして、鎌を
「それじゃ、私はこれで。貴女もさっさと帰りなさい。もうここには何もないわ」
暗に何かを伝えるような言葉。
すぐに、それがデモンズギアの事であると直感したクラムは食い下がろうとしたが、足を踏み出そうとして止まる。
否、止まるしかなかった。
「あ、れ。足が、震えてる……」
自分の身に起きた事を現象として理解して、思わずその場にへたり込む。
平常心を取り戻そうと震える手で、再びチャット欄を開けば話題は当然、あの少女の事だった。
:なんだ今の!?
:すっご、ランクいくつだろう
:Sランクとかかな。学園都市の八人目の序列者?
:ソルシエラって聞いたことないな
:浄化ちゃんがA一歩手前のBランク。それで倒せなかった怪物を容易く倒す。そうなるとSは妥当な気がする
:皆、Sって言っているけど、Sなら普通はエイピス
:あんなのいるならどんな弱小学園でも有名になるはずなのに
:顔が良かったな……配信してくれないかしら
今までにないコメントの加速に、浄化ちゃんは苦笑いをする。気が付けば、体の震えは収まっていた。
「皆さん、さっきの凄かったですね。あんなの撮影できるなんて運が良かったです! 見たことがない生徒さんですし、もしも情報があったらDM下さいねー」
そんな事を言えるくらいにはいつも通りに戻っていた。
「さて、これからどうしましょうか」
クラムは騎双学園に一人抗う孤高の配信者である。
故に、少女一人に脅しをかけられたとしても、それで納得できるわけがなかった。
後を追うか。そう考えていたその時、謎の美少女の件で長文ばかりになったチャット欄にひときわ目をひくコメントがあった。
:場所バレしたなら、執行官来ない?
「……あ!」
予定変更。
クラムは慌てて走り出す。
「えっと、今回はこれで終わりにしますー! とりあえず今回は証拠も残っていると思うので、騎双学園を潰せる一助になるかと思いました! じゃ、私は今から来るであろう執行官相手にガン逃げかますのでさようならー!」
今のクラムには武器がない。
その状態で配信などできるわけもなかった。
コメントなど気にする余裕もなく、クラムは出口へと駆ける。
「あの子、次あったらインタビューとかしてみましょうかね」
次の配信の構想を練るその顔は楽し気なものだった。
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