第8話 美少女とは範囲攻撃の別称なので使用には注意が必要


 おはようございます! 那滝ケイです!


 今朝もバッチリ男でした! クソが。


 俺は毎朝、起きてすぐに自分の股間を確認するようにしている。

 理由はただ一つ。

 目覚めたら女の子になっていた、の可能性に賭けているからだ。


「クソ、今日も男だよ、俺は」


 鏡に映るのは相変わらずかませ役♂の顔。嫌になっちゃうね。


 が、こんな面でも化粧して身なりを整えれば多少はマシになるのだと理解した時は安心した。


 いやぁ、昨日はお楽しみでしたね。

 心なしか、肌艶はだつやも良い。

 ダンジョンの壁ぶっ飛ばした時はどうしようと思ったが、寝て冷静になって思い出した。

 

 そう言えば、初心者用ダンジョンって復活する設定やん。

 

 学園でコントロールしているので、壊れたままという事はない。これが、管理外の攻略前ダンジョンであれば話は変わってくるが、アレはゴリッゴリの管理下。

 壊しても直るのである……直るよね?


 うん、こういう時は良いことだけを考えよう。


「見られたけど、バレなかったし……中々に俺の女装はイケているんだなぁ」


 騎双学園の生徒に見られた事を思い出す。

 どうしていたのかわからないが、俺は原作に関わる気はTS関係以外は無いので知らねえ。勝手にやれ。だが、女装は見ろ!


「初心者用ダンジョンもクリアできたことだし、俺もミズヒ先輩に付いて行ってダンジョンの救援でもしようかなぁ」


 ダンジョン救援は金になる。

 

 が、本当ならダンジョン攻略の方が良いのが事実だ。

 しかし、ダンジョンを見つけるだけの人員も、後から攻略の権限を買い取るだけの資金もない。


 そうなると、おこぼれのダンジョン救援しかないのだ。


「よし、救援行こ」





 普段、先輩二人と同級生のトアちゃんは生徒会室にいる。

 やることも無いのだろう。

 そこで自習か、時折ミズヒ先輩が救援要請で出ていくことになる。


 俺は、フェクトム総合学園の紺色の制服に着替えて生徒会室へと向かった。


「おはようございまー……って、あれ?」


 そこにはミロク先輩とトアちゃんがいた。

 が、どちらも少し疲れた顔をしている。


 朝からどうしたの? 話聞こうか?


「実は、電話が鳴りやまなくて」

「電話?」


 ミロク先輩の指さすほうには、少しばかり古さが目立つ固定電話が二つあった。買い替える余裕がないのだろう。

 と、まさにその片方が鳴り響く。


 瞬間、ミロク先輩はそれを取ると受話器の向こうの声も聞かずに言った。


「フェクトム総合学園は昨日の配信に一切関与していません。詳しい事は後日、エイピス理事会から公表されます。それに、ソルシエラもウチの生徒ではありません」


 まるで呪文のように、つらつらと言い終わると受話器を置く。

 隣では新たにかかってきた電話に、トアちゃんが半泣きで対応していた。言っている内容はミロク先輩と同じである。


「あ、あの、これは?」

「実は、昨日このフェクトムの初心者用ダンジョンで配信をしている他校生徒がいたらしく、それでちょっと色々と話題になっているんですよね……」

「初心者用ダンジョン?」

「はい。そう言えば、ケイ君も行っていましたが、大丈夫でしたか?」


 不安そうに聞いてくるミロク先輩を安心させようと俺は、胸を張る。


「大丈夫ですよ。昨日は、ちょっと気持ち悪いダンジョンボスを倒したくらいでそれ以外には……あ、確かに騎双学園の生徒がいましたね」

「はぁ、その生徒です」

「何かその生徒が問題を?」


 騎双学園の生徒はやっぱり屑だな!

 こんな俺を拾ってくれた学園の生徒会長に迷惑かけるとかトンデモねえ野郎だ。


「いえ、その生徒ではなく、その生徒が撮影した違法なダイブギアと、正体不明の女子生徒が問題でして」

「へぇ、そうなんですね(無関心)」


 騎双学園の生徒でも良い奴はいるよね!

 疑ってゴメン!


 俺は昨日の夜はダンジョンボスを倒して、女装を騎双学園の生徒に披露しただけだ。

 ……ん? 今、ミロク先輩は配信って言ってなかったか? そう言えば、昨日のあの生徒も配信とか言っていたような――。


「この女子生徒なんですけど……」

「アッ」


 ミロク先輩が差し出したスマホに映される映像。

 配信の一部切り抜きのようだが、そこにはゴスロリ衣装にガスマスクで華麗に戦うそれはそれは可愛らしい少女の姿があった。

 つまりは、俺である。


 ……俺が問題児じゃねえか!


「配信者が中々に強い方だったらしく、その方でも倒しきれなかった怪物を倒したとかで、今、話題で」

「……ちなみにその配信者のランクは?」

「Bランクです」


 探索者はDからSまでをランク付けされている。

 ランクが高ければ高いほど、高難易度のダンジョンに優先的に挑戦する権利を与えられる。

 そして、Bと言えば探索者の一般生徒の中では上澄み。

 努力してたどり着ける最高到達点と原作内では言及されていた。


 つまり、結構強い。

 まあ、AとかSでない限りは化物でもないのでマシではあるのだが。


 Bが負けることは原作でもまあまああるし、騒ぎすぎじゃない?


「あ、ちなみに問題行動が多くてランク上限解放試験を受けることが出来ないそうで、実力はAとも言われています」

「わぁ」


 なんだか凄いことになってそうだぞぉ(他人事)


「噂では、この謎の生徒はSランクではないのか、と言われているらしいです」

「ハハハ、まさか」

「何か知っているのですか?」

「エッ!? あ、いえ、初心者用ダンジョンにわざわざSランクの探索者が来る訳が無いじゃないですか」


 俺の言葉に、ミロク先輩は首を横に振る。

 そして、原作を知っている俺だからこそ驚く言葉を口にした


「どうやら、デモンズギア? という物の実験施設を破壊しに来たとかで。目的があったようなんです」


 で、ででででデモンズギア!?


 驚きに声を上げなかった俺を誉めてもらいたい。

 あくまで冷静に俺はミロク先輩の言葉を聞いたが、内心は心臓バックバクだった。


 デモンズギア、それは原作においてトウラク君が巻き込まれる厄ネタの大元である。

 こいつらは、姿かたちは実験体となった女の子であり、戦いの時になると武器の形に変化するのだ。


 そう、何を隠そう俺が憑依する前のかませ役がぶち込んだダンジョンで、トウラク君が契約したのがそのデモンズギアなのである!


 つまり、デモンズギアに関わることは原作における重大なチャート破壊に繋がる危険性があるのだ。やっべ。


 存在が知られるには早すぎる。


 デモンズギアを世間が知るのは、まだもう少し先の事。

 主人公が、騎双学園に在籍する『執行官しっこうかん』という肩書き持ちのクソ強探索者と戦うときのイベントだ。

 こんなに早いとどうなるんだろう。怖ろしいのであまり考えたくない。


「ケイ君?」

「はい、なんでしょうか」

「今、『早すぎる』って言いませんでした?」

「え?」


 やっべ思考漏れてた?

 いっけなーい☆ ……次から気をつけます。


「気のせいでは? ……そう言えば、俺はミズヒ先輩を探しに来たんですよ」

「ミズヒを?」

「はい。初心者用ダンジョンをクリアできたので、救援に俺も行ってみようかと」


 強引な話題転換だったが、ミロク先輩は特に疑問を抱くこともなく話に乗ってきてくれた。優しい。


 ミロク先輩はミズヒ先輩の居場所を訊かれて、苦笑いをする。


「ミズヒなら、件の初心者用ダンジョンに行きましたよ。デモンズギアの回収をしたいとか」

「えっ」


 バリバリに原作破壊しに行ってるじゃねえか。


 デモンズギアは選ばれし者のみが使える武器である。

 その選ばれる条件とはただ一つ、デモンズギアの中身の少女と気が合う事。

 

 つまり、仮にミズヒ先輩がめちゃくちゃ強かろうが、意味がないのである。


 さらに付け加えて言えば、映像の中に映っていた水槽の中で浮かぶ少女を俺は知らない。

 デモンズギアは原作で明言されているだけで存在は六体。

 そのうち、四体は姿と名前は出ているがそのどれにも該当しない。


 つまり、本来なら当分あのデモンズギアは目覚めることは無く、ミズヒ先輩が気が合う訳もないのだ。

 ちなみに無理矢理使おうとすると毒電波を脳に流し込まれて廃人になります。怖いね。


 ……じゃあミズヒ先輩が危ねえな!?


「ちょ、ちょっと俺行ってきます!!」

「ケイ君? 一体どうしたの――」

「俺もデモンズギアに興味がいたので!」


 適当こいて、俺はさっさと初心者用ダンジョンに向かう。

 ミズヒ先輩は重要なこの学園の稼ぎ頭だ。

 いなくなったら困るし、何より俺は顔の良い女が曇るのが嫌いなんだよ!






「行っちゃったね……」


 トアは、困った表情でミロクにそう言った。

 それが今までの電話によるものか、先程までいた少年の妙な慌て方によるものかは定かではない。


 ミロクは、今しがた彼が出ていった扉を見ながら軽く息を吐くと、椅子に体を預けた。


「明らかに、何か知っていましたよね」


 那滝ケイとの会話の中で、彼が漏らした呟き。


『――存在が知られるには早すぎる』


 それが一体何を意味していたのかはすぐに理解した。


「ケイ君は、おそらくデモンズギアの存在を知っていたのでしょうね」

「えっ!? ど、どうして? 今までこの学園に居た私達でもわからなかったんだよ?」


 トアの問いに対して、簡潔に言葉が返される。


「――桜庭ラッカ」

「っ、ラッカちゃんがどうしたの?」

「あの人も、恐らくはデモンズギアがこの学園にあると知っていた。そして、最後までその秘密を守って……死んだ」


 ミロクの脳裏に今も焼き付いて離れない桜色の髪のなびく後ろ姿。


 自分よりも二つばかり年上の彼女が、自分たちを守るために一人で何かと戦っているのは知っていた。


 知っていた、だけだった。


(あの時の私は、無知で、無力な存在だった。先生が頼れるような存在じゃなかった。けれど)


 ミロクは自身の腕に巻かれた腕輪を見る。

 随分と使い込まれ、細かな傷がいたる所にある蒼いダイブギア。

 それはまるで、主の意志に応えるかのように、その蒼い装甲に朝日を反射していた。


「……行きましょうか、トアちゃん」

「え? どこに?」

「私達も、初心者用ダンジョンに」

「で、電話対応は良いの……って、コード抜いちゃった!?」

「どうせ、答える内容は変わらないんです」


 そう言って、ミロクはコードを放り投げるとさっさと生徒会室を後にした。

 トアはそんなミロクの姿と電話を交互に見てから、半ば泣き叫ぶようにしてその後を追う。


「ま、待ってよー!」

「大丈夫、置いていきませんよ。皆で行きましょう。……今度こそは」


 ミロクは固く決心をする。


 桜庭ラッカの意志を継ぐ少年。

 彼に、あの日のような悲劇が起きないように、と。









 それから十分ほどして、ミズヒ先輩の元に辿り着いた俺は、ある存在と対峙していた。


「おいおい……、フェクトムとかいう無名校にこんな面白れェ奴が二人もいたとはなァ」


 ミズヒ先輩と似て非なる真っ赤な髪に、猛禽類を思わせる獰猛な眼の男は笑った。

 騎双学園の制服に、である左肩の赤いマントが特徴的な彼は、双剣を手の中で弄んでいる。

 その男を前に、ミズヒとケイはそれぞれ得物を構えていた。 


「気を抜くなよ、ケイ。奴は化物だ」

「……はい、ミズヒ先輩」


 短刀を握る力が増す。

 冷や汗を一筋流しながら、俺は心の中で叫んだ。



 どうして原作最強の一角がここにいるのぉ!?

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