第6話 美少女には如何なる状況でも介入できる特殊効果がある

 騎双きそう学園は学園都市ヒノツチが生まれた頃から存在する最古の学園の一つである。


 都市外の様々な企業からの支援を受け続ける騎双学園の権力は現在にいたるまでこのヒノツチに置いて多大な影響を及ぼしていた。


 綺羅螺きららクラムは、そんな今の騎双学園が気に入らない生徒の一人だった。


 悪事は当然、略奪は正義。

 力があれば全てが道理。

 

 学園全体に蔓延まんえんしたその実力主義の腐敗した姿が、心底嫌だった。

 故に、彼女が騎双学園に対して行動を起こすのはある種の必然だったと言えるだろう。


 彼女の場合は、それは配信という形をとっていた。


 ダンジョン探索の様子を配信する生徒は少なくない。

 一般人にとってはダンジョンとは未知の空間であり、映像として知るだけでも十分に需要があるものだった。


「皆の心を即浄化! ――浄化ちゃんだよー!」


 ダンジョン配信用のライブカメラを前にクラムはポーズをとった。

 戦闘時にも邪魔にならないようにと設計された自律型ドローンはその無機質なレンズでクラムの姿を捉える。


 彼女は、騎双学園限定暴露配信者として活動していた。


 間もなく、ダイブギアより現れた半透明の小さなウィンドウにコメントが流れ始める。


:待ってた

:出たな逃亡者

:こん浄化ー!


「はいはい皆さん今日も元気ですねー。というわけで、今日は先日予告した通りに騎双学園が残した負の遺産を暴いちゃいまーす! いえーい、生徒会長見てるー? ……いずれその座から引きり下してやるからな」


:ひえっ

:こいつなんで捕まってないんだよ

:騎双学園にいながら騎双学園を潰そうとする狂気


 コメントはクラムの様子を見てどこか怯えているようだが、当の本人は気にしていないようだ。


「という訳で騎双学園ぶっ壊せ企画の第四段ということで、今日こそは成功させますよ? 毎回、風紀委員会とか執行官が口封じにきて惜しい所で証拠を逃がしますからね」


:惜しい(違法研究所一つ爆破)

:執行官から逃げ切れるだけで凄いんだよなぁ


「さてさて、そういうわけで私は考えました。あの学園の犬共がすぐに来れない場所なら、良いんじゃない? と」


:かしこい


「でしょでしょー? だから、私はとある学園にお邪魔してます。あ、どこかは言わないよ? 言ったら、その学園の風紀委員会にも追われちゃうからね」


:こいつ無断で侵入してら

:風紀委員さんコイツです

:いけいけー!

:今度ウチにも来てくれないかな


 コメントは、いつも通りどこか楽し気だ。

 クラムは、視聴者が一万人を超えた事を確認すると移動を始める。

 

 鬱蒼うっそうと茂る森の中を、事前に得た情報通りの道を辿り迷うことなく、とある施設の前まで来た。


 それはフェクトム総合学園の初心者用ダンジョンに置ける最北端。ダンジョンを管理する施設の跡地だった。


「ここは十年前まではダンジョンをコントロールする為の施設があったんですけどー、事故で無くなったんですって。ま、くだらない証拠隠滅ですよね」


 そう言って、クラムは跡地をしばらく歩き回るとやがて地面のとある箇所に目星を付けた。

 

「よぉし、行ってらっしゃい人呑み蛙マーダーフロッグ


 ダイブギアより生み出された蛙型の機械。

 それこそが、クラムが扱う武器であった。


 蛙は目印に向けて跳ねていくと、目印にたどり着いた瞬間に爆破した。


「ふぅ! 今日も、まーちゃんはいい仕事をしますねぇ」


:非人道的な武器

:うーん、これは騎双学園の生徒


 爆破により吹き飛んだ地面からは、一つの大きな階段が姿を表していた。

 それを見て、クラムは指をさす。

 

「見てください。アレが秘密裏に作られた実験施設の入り口です。さぁて、皆さん今回は神回確定ですよ! あ、たぶんアーカイブはまた騎双学園に消されるので、各自で録画と拡散お願いしますねー」


:急げ急げ!

:どの学園のダンジョンだこれ

:そう言って毎回あと一歩で証拠を逃すじゃん

:暗いだろうから気をつけてねー


 階段を映し出されて加速するコメント欄を尻目に、クラムは奥へと進んだ。




 実験施設の中は、十年間放置されていたという情報を裏付けるように薄汚れていた。

 どこからか未だに電力が供給されているのだろうか、僅かに輝く非常灯のみが廊下の貴重な明かりである。


 その中を、クラムはダイブギアのライトで照らしながら進む。


「妙に檻が多いですね……やっぱりここではあの実験が行われていたようです」


:あの実験?

:実験内容教えてー


 コメントが目に入り、クラムは檻の中を漁りながら口を開いた。


「現在探索者が使っているダイブギアよりも、より高性能なギアを作ろうという計画がかつてありました。元はとある都市外企業の計画でしたが、それに騎双学園は多額の資金と人、場所を提供したらしいです」


 計画自体は既にとんした、とクラムは聞いている。

 が、同時に数体の完成品が存在するという噂も耳にしていた。


「適性を持つ少女の体をベースとしたギア。その名もデモンズギア。人の魂そのものをプログラムとして活用することにより、使用者は従来のダイブギアよりも格段上のスペックを引き出す事ができる代物です」


:都市伝説で聞いたことある

:実在するわけない

:こわい

:よくそんなヤバい代物追えるな


 三者三様のコメントを流し見ながら、クラムは探索を黙々と続けていく。

 そんな彼女の周囲には、主を警護するかのように複数の蛙が飛び跳ねていた。


 クラムが実験施設に侵入して三十分程。

 めぼしいものは何もなく気が付けば、実験施設の奥地まで足を運んでいた。


「研究資料ぐらいはあると思ったんですけどね。いやはや、残念です」


:ここに実際に施設があったってだけでも十分な証拠じゃない?


「確かに証拠の一つではあるんですけど、騎双学園との繋がりを示す様な物ではないので」


 クラムの目的は、騎双学園に蔓延る腐敗した権力を根底から抹殺することだ。それ以外の事に、彼女は対して興味が無いようだった。


「さてさて、最後の部屋ですよー。随分と大きくて頑丈そうな扉ですけど。……まーちゃんズ!」


:お 家 芸

:爆破しか脳のない女

:こんな開け方してるから警報なったりするんだよ


「ええい煩いですね! この施設は既に廃棄はいき済み。警報が鳴ったところで無視です無視!」


 そう言ってクラムは扉に蛙を飛びつかせる。

 数匹の蛙がぺたりと張り付いたその瞬間、扉は激しい音をたてて爆破された。


 煙の向こうに開いた穴を見て、クラムは頷く。


「この手に限ります」


:この手しか知りません

:どや顔かわいい


 クラムは煙が晴れる前に、穴をくぐって部屋の中へと飛び込む。

 

 そこは、今だに電力が多く供給されている場所のようだった。

 薄暗くはあるが、複数のモニターと壁面に埋め込まれた巨大な演算装置があやしく光を放っている。


「……どうやら、ここが本命みたいですね」


 そう言って、クラムはその部屋の中央に鎮座する物に目をやった。

 

 円柱状の巨大なガラスケース。

 オレンジ色の液体が満たされたケースの中には、丸まった姿でが浮かんでいる。


 

 何故だかわからないが、直感がそう告げていた。


「少女の姿……まさか、デモンズギア?」


:本物!?

:神回キター!

:浄化ちゃん、やったね!

:騎双学園との関りの証拠探せ証拠!


「そ、そうですね。証拠を探しましょう。それにしても、まさか本物が残っているとは思いませんでした。……どうしましょうか。流石にこれは想定外で――ッ!?」


 背後で爆発音。

 

 クラムは、それが自身のギアが主を守るために行った自爆行為だと即座に理解した。

 

「まーちゃんが自律で動いた!? って、ことは私に対して敵意を持つ存在がいるってわけですね」


 今しがた自分が入ってきた扉。

 クラム一人入れるだけの穴が開いているその扉の向こうに、肌色の肉の塊のような物が見えている。


 一部が焦げ付いているが、まるで効いている様子はない。


「この部屋に閉じ込められた……? 部屋への侵入者を殺す目的でしょうか」


 現状、唯一の出口を塞がれたこの状況。

 クラムは一秒の思考の後に、すぐに答えを出した。


「よし、なにもかも爆破して逃げましょう」


:逃走パート入ります

:いつもの

:またかよ

:こいつやば

:女の子も爆破するの?


「流石にこの部屋を爆破するわけないでしょう? せっかくの貴重なデモンズギア本体なんです。この証拠があれば、デモンズギアの回収の大義名分で、他校が騎双学園に介入することが可能になる。値千金ですよ、これは」


 そう言って、クラムは扉の向こうへと蛙を無数に放った。

 穴から飛び出た蛙は、すぐそばの肌色のナニカに取り付き爆破する。


 しかし、依然として効果があるようには見えなかった。


「厚さ五十センチの鉄板でも木端微塵にできる爆弾なんですけどね……。こうなったら」


 クラムは蛙を扉に貼り付けた。

 蛙が爆破し、扉が崩れ落ちる。


 充分に通れるサイズになったのだろう。


 肌色のそれは、ゆっくりと部屋へ入ってきた。


:きもい!

:なんだコイツ!?

:人、じゃないな

:ダンジョンのボス? にしては同系統の見覚えがないけど


 コメント欄が加速する。

 

 それは、人型の怪物であった。

 顔はなく、まるで肌色の粘土を無理矢理に人型に収めたかのような歪さ。


 それが確かな意志を持って、クラムの方へと向かっていた。


「コイツは一体なんですか? ――後ろッ!?」


 怪物の姿がかき消える。


 次の瞬間、クラムは経験則のみにしたがって前に跳んでいた。

 一秒遅れて、自分がいた場所を高速で何かが通過する音が響く。


「っ、のろまと思わせておいての高速戦闘タイプですか。ブラフで勝つタイプは嫌いじゃないですよ。でも、今は死ぬわけにはいかないのでね。まーちゃんズ!」


 ダイブギアより、今までの以上の数の蛙が召喚される。

 クラムはそれを手当たり次第に爆発させると、そのまま扉の向こうへと飛び出した。


「うっへー! ヤバイヤバイヤバイ! 危ない所でした!」


:部屋の物全部粉々じゃ?

:コイツ結局爆破かよ

:女の子がー!


「あ、大丈夫ですよ。私の人呑み蛙は爆破に指向性を持たせる事ができますから。怪物だけをこんがりウェルダンです」


:やばい事言ってる

:勝ったの?


 コメントにクラムは首を横に振る。


「いえ。最初の迎撃爆破であの焦げ付き程度なら、今のでも殺すことは出来ないでしょうね。なので、さっさと逃げま……ほら来た!」

 

 爆風の中から、怪物が姿を表す。

 クラムは驚きながらも蛙達と共に駆け出した。


「定期的に爆破して、それで出口まで急ぎましょう!」


:執行官とどっち怖い?


「執行官に決まっているでしょー!?」


:結構余裕あって草

:うーん、今回も逃げきれそうやな


 必死なクラムとは別に、コメントは恒例のイベントとして楽しんでいるようだった。その事に内心で悪態を付きながらも、クラムは駆ける。


(このままじゃ追いつかれる……! 人呑み蛙の爆破は確かに当たっている。何度か手足も消し飛ばした。けど)


 ちらりと背後を見る。

 たった今爆破して消失したはずの左脚が、断面から盛り上がるようにして復活していた。

 

 その光景に、ふと疑問が浮かんだ。


(防御機構というには再生能力はミスマッチ過ぎる気がしますね。 アレは本当に侵入者を捕まえる目的で作られた存在なのですか?)


 ひとたび不可解な点に気が付けば、無数に疑問が湧き上がってくる。

 しかし、クラムはそれを敢えて考えないように首を横に振った。


「とにかく今は逃げないと!」



 怪物との逃走劇は既に二十分を経過していた。

 

 いくら常人の十倍以上の身体能力を持つ探索者と言えども、背後に命を狙う者がいる中での全力逃走は中々に堪えるものがある。


 仮に、クラムのような逃走に慣れているような者ではなかったとしたら既に捕まっているだろう。


「はぁっはぁっ、あと少し――」


 既に手持ちの人呑み蛙は尽きている。

 

(爆破してからおおよそ二秒で完全に再生する。最後の人呑み蛙が爆破して既に五秒。逃げきれるかどうかは本当にギリギリですね……!)


:これマズくね?

:浄化ちゃん逃げてー!

:執行官に連絡しろ。捕まるとか言ってられねえぞ

:通報して助けようにもどの学園のダンジョンか浄化ちゃんが教えないんだよ!


 段々と、事態の深刻さを理解し始めたコメント欄が、学園の名前を言うようにと助言する。


 しかし、クラムは言う事はなかった。


「今回ばかりは言いません。本当に重要な証拠なんです。騎双学園の屑どもに見つかっちゃぁ、意味がないんですよ!」


 騎双学園を潰す。

 その為に、クラムは迷うことなく自身の命を賭けていた。


「この部屋を抜ければっ!」


 扉を抜けて、出口前の最後の部屋へと足を踏みいれた瞬間だった。


 突然、天井が崩落する。


「ッ!? 一体今度はなんですか!?」


 背後には怪物が迫っていた。

 脳裏に、もう一体の怪物の可能性が思い浮かぶ。


 が、次の瞬間クラムの目に映ったのは怪物とはかけ離れた存在だった。


「あれは――」


 落下してくる瓦礫と共に、薄暗かった部屋に月の光が満ちる。


 その中心に、


 まるで、夜会から抜け出してきたかのようなどこか神秘的で可愛らしさのある服。

 月光を反射して輝く美しい蒼銀の髪がなびき、水底みなそこを閉じ込めたような目は物憂ものうげに世界を見ている。


 少女は、音もなくその場にふわりと降り立った。

 まるで世界が彼女だけを寵愛しているのではないかと錯覚するほどに妙に目を惹く、美しい少女だった。


「――――あ、貴女は誰ですか?」


 気が付けば、クラムはそう問い掛けていた。

 その問い掛けて少女は初めてクラムの存在に気が付いたように振り返った。


 瞬間、妙な緊張感がクラムを支配する。

 怪物に追われていることなど、既に思考の外にあった。


「急に、天井から降ってきましたけど……お嬢さん、お名前は」

「……お嬢さん?」


 私の事を言っているのか、とでも言いたげに少女の蒼い目が、クラムを捉える。


 どこか気だるげで冷たい様子の少女は、つまらなそうにため息を吐いた。


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