第22話「命の音」

 前回のダンジョンの異常発生から3ヶ月が経ちました。私達は拠点の新人教育だけでなく、王都の依頼や闇の影響で活性化した魔王軍残党の討伐の任務にも明け暮れる日々です。


 やっと久しぶりに休みをもらえた日、私は拠点の自室で疲れ切っていました。


 私が闇の活性化の元凶ですし、関係のない人は殺さないようにしたい。


「あぁ…きついな」


 すでに私の召喚できる魔物は1万を超えていました。これだけ仲間がいれば、みんなをはず。


 でも、もう1ヶ月ほど仲間と顔を合わせていない。


「みんな…元気でしょうか…」


 ベッドの上に寝転び、呆然と天井を眺めていると懐の魔導書がじんわりと熱を帯びてきました。


「温かい…。」


 魔導書に意識を向けると、心地良く精神の世界へと入っていきました。


 そこは荒れ果てた荒野になっていた。大量の魔物達が頭を垂れ、悠々とあるくアンジェリカに平伏しているのである。その軍勢の中には、かつて殺してしまった人達や、ジェイク、ゲイル、ゲンの三人もいます。眼は真っ黒に染まり、意思はありません。


 小高い丘の上にはボロを着たエメリアが両手を地に着き、頭を垂れていました。私はそのに座り、脚を組んで大きな溜息を吐くと魔物達は歓声を上げた。足元にもふたが座り、私の後ろにヴァルレイアさんが降臨しました。


「やだもう〜。本当に魔王みたいです…」


 普通の人がこれを見たら、あまりにも悍ましいものでしょう。


『魔王様よ。この軍勢を統べる者となった心持ちはどうだ?』


「どうだって…。みんなを助けられるなら嬉しいですが、誰にも言えないですし…。必要以上の力を持ってしまった気もします。」


 私はこの数ヶ月、みんなには内緒で闇の力で生成されたダンジョンを一人で攻略していました。最初は何度か死にかけましたが、私の中の闇の力も増幅し、今や日常の片手間でクリアできるレベルです。


『無いより有る方がいい。今の力ならば、勇者のパーティすら容易に殺せるだろう。』


「え〜?まさか。それに私はそんなことしません。ひとまず戻りますね」


 私は目を覚ますと、ちょうど部屋をノックされているところでした。この気配、タバコの匂い…。殺意は感じないということは。


「あっ、はい!今出ます!」


 慌てて扉を開けると、そこにはイズーナ様がいたのです。


「わっ!?い、イズーナ様?」


「お茶、出ないのかしら?」


 お茶を淹れ、お互い一口ほど飲むとしばらくの沈黙でした。


「あの…改めてお礼を…。」


「いいわよ。お礼なんて。貴女が妹の分も頑張ってくれるなら。ね、少し歩きましょ」


 私達は拠点のそばにある湖のほとりまでゆっくりと歩きました。ここは人が滅多に来ない場所。イズーナ様の考えが読めない。


「あの、今日はどのようなご用件で?」


「用件。用件ね。貴女、なぜ生きてるの?」


「へ?」


「ずっと考えてたのよ?あんな凄惨な死に方をした妹達。変じゃないかしら」


「そうですね…私だけが生き残る状況ではなかったです。全てジェイク様、ゲイル様、ゲン様、そしてエメリア様のおかげです」


 タバコの匂いがきつい…。これは、もしかして。


「まどろっこしいのは無しにするわ。ねえ貴女、脱出させられた後、一度ダンジョンへ戻ったでしょう?」


「…はは。まさかそんな。」


「まさかそんな、よね。妹が死んだであろう場所は、タバコや服の切れ端ばかりだった。でもね、一つだけ妙なのよ」


「妙ですか」


「あのダンジョンにあった魔物の残骸はスカルウォーリアだけ。そして転移魔法が封じられた異様な結界の状態。」


「ええ、怖かったです。」


「そしてそもそも、スカルウォーリアは人を食べない。なのに妹の亡骸は髪の毛一本もなかった。」


「……。他にも魔物はいましたよ。きっとエメリア様が消し去ったのでしょう」


「いないわ。いないの。妹の魔力や魔法の残り香なら何万と見てきたから分かる。つまり、妹は別のに殺された。それにあなた、その右腕もずっと治ってないらしいわね。何隠しているのかしら。」


 伝説のヒーラーさんはすごいですね。きっと私の動きを調べ上げてきたのでしょう。ヴァルレイアさん、あなたの言う通りになるかもしれません。


「私がダンジョンに戻ってエメリア様を殺害し、骨も残らず食べたのだと?あはは、私ヴァルレイアにやられてボロボロで死にかけていたのですよ?それに腕は凍傷の影響が目立つので、隠しているだけですよ」


「あらあら、随分と冷静にお話してくれるのね。普通、自分が疑われたら怒るでしょうに」


「……。」


「それにね、嫌でも忘れられない魔力があのダンジョンに微かに残っていたのよ。魔王っていうクソッタレの気配がね」


「さっきから大人しく聞いていれば…随分と好き勝手言って…。私だって、エメリア様達を助けたかったんですよ。できれば、殺したくなかったのに!」


 私はもふたもヴァルレイアも、全て召喚しました。もう隠せない。隠しきれない。この人を殺さなければ。私は腕の包帯を解き、魔導書から闇を現しました。


「ヴァルレイア!?それにこれは魔王の魔力!?やっぱりあなたが妹達を!」


「あ〜ぁ…。私は仲間との冒険が続けられればいいんです…。仲間を守ることができればいいんです…。それを邪魔するのは、許しがたい。」


「こんな、こんな力を持っているなんて!?あなたはここで殺すわ!」


 イズーナ様からホーリーライトニングが放たれました。エメリア様より明らかに高威力。これが最強の聖職者。喰らったらひとたまりもない。


「一人で来たのは間違いでしたね…。ね、ヴァルレイアさん」


『ふん』


 ヴァルレイアさんの左の翼がいとも簡単にホーリーライトニングを弾き飛ばしました。よかった、もふた達では耐えられないから。


「そ、そんな!?ぐあっ!!」


 ヴァルレイアさんの尻尾がイズーナ様を軽く小突いて弾き飛ばしました。


「もういい。もういいですイズーナ様。私は聖職者として、回復役としてあなたを尊敬していました。でも、知られたなら…」


「一人で来てくださり、ありがとうございました。他にもいたら、きっと負けていた」


「ふふ、おかしな子ね。勝った気でいるなんて。」


 イズーナ様の周囲に凄まじい魔力が渦巻いてきました。


「魔王にトドメを刺したのは、私だというのに。ホーリーライトニングは2番目に威力が強い魔法。1番は


「っ!?やばい!?もふた!ヴァルレイア!今すぐ殺して!」


 忘れていました。イズーナ様の最も得意とする魔法は、浄化と破壊を合わせた…


「ホーリーライトニングストーム」


 光と雷が渦巻いた巨大な嵐が、私達を吹き飛ばしました。身体中がバキバキと悲鳴を上げるように痛みが走ります。これで私は…死ぬ?


 ヴァルレイアも、もふたも少しずつ身体が崩壊していく。私の意識も消えていくのです。


 ルーカスさん、ガイマンさん、ファスカさん、ごめんなさい。私は死ぬのです。


 私の命が、消えていく。闇が、消えていく。その時でした。


 ーもう終わりか?ー


「え…?」


 私の目の前に現れたのは、闇の鎧を纏った騎士です。この気配は、私の右腕から感じる闇と同じ…。つまり…。


「魔王……」

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