第23話「魔王」
イズーナ様のホーリーライトニングストームを受けた私は、死の淵で魔王と出会ったのでした。
「あなたは…魔王?」
ーもう終わりか?お前はまだ、命が残っているー
「でも、きっと勝てない」
ー負けたのはお前の命が闇を受け入れていないからだー
「命が闇を受け入れていない?」
ー目を瞑り、自分の命を見つめてみろー
私は目を瞑り、言われた通りに自分の命を見つめてみました。白く輝き、淡く揺れるそれは弱々しい。
「弱そ…。死にかけているから当然ですね…」
ー闇を受け入れていない命がそれだ。だから負けた。闇の力を扱いきれずになー
「つまり、受け入れられれば勝てるのですか?」
ー勝てる。というか我の右腕を吸収しておいて負けるとは何事だー
「私、聖職者ですし…。」
ーぷっ、フハハハハ!あれだけ人を!生き物を殺しておいてまぁだ聖職者を名乗るか!?これは傑作だ!ー
「チッ。勝てる方法があるならさっさと教えてください。そして消えてください。」
ー簡単なことよ。死ねー
「え?」
ー死ねばいいのだ。ほら、きたぞー
「あっ」
ジュッ。
私の残った命はホーリーライトニングストームで消え去りました。
外ではイズーナが息を切らして膝をついていた。
「はぁ…はぁ…。久しぶりに全力で放ったわ。でも、新たな魔王を生む前に倒せてよかった。」
イズーナが立ちあがり、アンジェリカの遺体を調べると安堵した。安堵した後、眉間に皺が寄るほど後悔した。
「よかった。完全に死んでいる。妹達の仇だけれど、若い未来ある聖職者を殺すのは辛かった…。しかし、なぜこの子が妹達を…?それに闇の力は…」
最後にイズーナは魔王の魔力を感じた右腕を調べようとしていた。
その頃アンジェリカは、暗く青い海に浮かんでいた。一つ月が浮かび、波は凪いでいる。
「これが、死?」
耳が痛くなるほどの静寂。だというのに私の心は落ち着いている。とても心地よい。身体が海に溶けているのか、海が身体に溶けているのか。
この海が、闇なのでしょうか。
もうこのまま闇に溶けてもいいかもしれない。聖職者を突き通せず、闇の力も中途半端で私は…。
「あれ…わたし、何のために聖職者になったんだっけ…」
ルーカスさん、ガイマンさん、ファスカさん…。鮮明に覚えていたはずの顔が、少しずつどこかへと溶けていく。
思考はふやけてぼんやりとし、どこを見ているのかも分からない。視界の端に、黒い騎士が現れました。
「そう、これが死だ。」
言葉は頭に入ってくるのに、私は返事ができない。これが魔王…。
「私は勇者に敗れ、すでに《残り火》のような存在だ。しかし、お前が望めば私の真の力を得て全てを超えられる。さぁ、願え。お前のなりたい自分を。」
私は、どうなりたかったのだろう。自分に嘘をついていた気がする。みんなとの冒険?回復役、聖職者として救いの道?
私は多くの死を見てきた。戦争、病、戦い、寿命、事故、殺し。死を憎んでいた…わけではなかった。心のどこかでは死を一つの救済だと感じていたんだ。その本音に蓋をして、縛り上げて、閉じ込めていたんだ。
私を見た魔王が兜を外すと、穏やかな表情の若い男性だった。
「そうだ。それでいい。」
私の中に溶けていく魔王の心は、どこか寂しげだった。記憶の断片なのか、魔王になる前の《彼》が人々を救おうとし、裏切られた無念が流れ込んできた。
その心も、私の中で受け止めます。ただ、安らかに。
私は、私のやるべきことが分かったから。
イズーナがアンジェリカの右手に触れた瞬間、巨大な爆炎が上がった。炎ではなく、それは闇である。
「なっ、何!?」
咄嗟にイズーナは救援を呼ぶための緊急魔法を空に放った。
「私は…私はアンジェリカ。全ての人間に救いを与えるものよ」
闇から現れたのは、先程死んでいたアンジェリカだった。しかし、聖職者の服の上には見知らぬ黒い鎧が所々装着されおり、黒と紫の闇が溢れ出ていた。
「冗談じゃないわ。」
イズーナは光魔法を牽制で放つが、アンジェリカの纒う闇がそれを容易く飲み込んでしまう。
「イズーナ様、あなたにも救済を与えましょう」
私の心はとても穏やかでした。思考はこれ以上ないと思えるほど透き通っており、全てが愛おしい。ゆっくりと歩き、イズーナ様に手を差し伸べますが彼女は恐れているようです。無意味な魔法をいくつも放ってきました。
「大丈夫です。恐れないでください?もふた達。」
何百体という魔狼達がイズーナを取り囲んだ。魔法で撃ち抜いていくが、消しては復活する数に押され身体中を引き裂かれていった。最後は力尽き、湖の波打ち際に倒れ込んだ。
「もふた達、お座り」
「あ…ぅぐっ…」
最後まで抗おうとし、立ちあがろうとした時。
「お姉様、もう楽になりましょう」
「え…エメリア…?」
私が取り込んだエメリア様に合わせてあげました。きっと同じ場所にいけることを喜んでくれるでしょう。
「死こそ救済なのですわお姉様。アンジェリカ様が、救ってくださるわ。」
「そん…な」
膝から崩れ落ちたイズーナは、すでに闇の使者となった妹を見て絶望していた。ただ死ぬだけでは済まず、アンジェリカの闇の手先となった姿を見てしまったのだ。
「ヴァルレイアさん。」
最後にヴァルレイアが現れた。虚になった目を向けているイズーナに、巨大な口を開けた。
「あ……」
「「イズーナ!!」」
そこへ救援へ駆けつけたゼインとマルクスがイズーナを庇って盾となったのでした。
「あっ。一石二鳥だ」
ヴァルレイアが闇を吐き出し、湖の一帯を焼き払ったのでした。
「わぁ、素敵ですねヴァルレイアさん!以前よりとても力強いです!困ったらそれ、お願いしますね?」
闇が晴れると、見るも無惨に焼け爛れた蒼き流星が堕ちていました。鎧も肉も焼け、悪臭が漂っていました。すでに顔も判別できないほど。
「しばらくお肉料理はいらないですね。さ、みんな行きましょう。みんなに救済を与えに」
アンジェリカは黒いマントを翻し、闇の軍勢が動き出したのだった。
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