第19話「ダンジョン攻略」

 私は一時的に風の調べに参加し、ダンジョン攻略へ向かったのでした。階段を下りていくと、やはり中は闇の結晶が紫に光っており、むせるような魔力が渦巻いています。


「入口でこれか…もううんざりしてきた。エメリアとアンジェリカはワープ魔法かアイテムをすぐに使えるようにしていてくれ。」


 やはり慎重で的確。トラップもジェイクさんが発見し、ゲイル様とゲン様が協力して破壊して次々と進んでいくのです。


「全員伏せろ…静かに。」


 言われた通り伏せると、奥の通路を何かが通っていく気配。それが見えた途端、私の心臓が跳ね上がりました。動悸、めまい、緊張、吐き気。恐怖でした。奥から大剣を引きずって現れたのは、スカルウォーリアでした。かつて魔王が召喚したこともある魔物で、一匹で一つの街を壊滅させられるだけの化け物です。本でしか見たことがありませんでしたが、実物を見るとなんと恐ろしい。


「なんだ、スカルウォーリアか。エメリア、ゲン、頼む。」


「え?」


 私があっけにとられていると、涼しい顔でエメリア様とゲン様が魔法で消し去ったのです。


「後輩ちゃん?スカルウォーリアは遠距離ならあまり怖くないのよ。でも逆をいえば近距離戦には絶対にもちこまないようにね?」


「あ~しんど。年寄りが緊張するもんじゃないわい」


 これが勇者パーティに頼られたこともある伝説の冒険者の実力、そして経験値…。あまりにも新鮮で、なんと大きな安心感。悔しいほどに私達のパーティに足りない物が多く見えてきました。


 前衛のジェイク様とゲイル様が突破口を開き、後衛のゲン様とエメリア様が支援と回復。まさに鉄壁です。


「これ、私必要でしたか?」


「必要だ。それどころか後衛が10人いても心許無い。それが未到ダンジョンの恐ろしさだよ」


 そう言われた意味を理解しました。そこから先は常に罠と戦闘の繰り返しで、緊張の糸が解けないのです。常に首元へナイフを当てがわれているような恐ろしさ。あのエメリア様でさえ、左手の魔導書にあるワープ魔法のページを常に中指で挟んでいるのです。


「ここが奥地、か?」


 やっと奥地へ着くと、一気に周囲の魔力が弱くなったのです。どうやらクリスタルのある部屋へ到達したようです。安心した私をよそに、ゲイルさんはうかない表情です。


「ジェイク、なにやら臭いね。本来クリスタルに近づくほど魔物は強力になるのが基本。」


「確かに。だというのに罠も魔物も皆均一的で程度のレベルだった。というか魔物はスカルウォーリアしかいなかったな。」


「一つ提案じゃが、扉を開けた瞬間にワシがエクスプロージョンを撃ち込もう。中に何がいようが吹き飛ばせる」


「あら?随分と怖い賭けですわね?それでクリスタルが壊れなければ、魔力が尽きたゲンは足手纏いですよ。」


「あの、一瞬扉を開けて中を確認して、危険そうなら一旦ここまで戻るのはどうでしょう?」


「「「「賛成」」」」


 ということで、最後の扉をそっと開き中を眺めました。中に座する巨大な姿が三つ。それを視認し理解した私はまるで心臓を握り潰されるような、肺を凍らされたかのような、まるで身動き一つできない恐怖を味わったのです。他の皆様も同じようでした。


『やはり来たか』『勇者ではないな』『全力でこい』


 それは漆黒の巨大な竜。


 封印された魔竜・ヴァルレイア。


 見たことはないですが、その存在感、圧力が物語っています。封印が解けるどころか、考えうる中で最悪の状況です。ダンジョンの影響で、三体に増加していたのです。


「転移魔法!」


 ジェイク様の一声と同時。エメリア様が転移魔法を詠唱した瞬間、私はやっと我に返りました。こんなの即撤退です。


 しかし、魔法は発動しなかったのです。


「そんなっ!?」


『逃さぬ』『戦え』『命を賭けて』


 ヴァルレイアの口から闇が溢れるのが見えた私は、もはや手段を選べなくなりました。このあと風の調べの皆様に知られようが、今を生き延びなければ意味がない。


 私は、まだ死にたくない!みんなと冒険を続けるために!


「もふた!」


 もふたを含めたウルフ100体。全て召喚し、突撃させたのです。魔力も上がっているのか、まだ余裕があります。ヴァルレイア2体の顔に飛びつかせ、なんとか妨害しました。相打ちのようで、一瞬でこちらのウルフは闇にかき消されたのです。次打たれたら終わりです。


「なんだこの魔法は!?君は一体!?」


 ジェイクさんの質問に答える余裕はありません。すでにもう1体はすでに闇を吐く直前です。


「や、闇の渦!!」


 右腕の包帯が弾けるのを感じ、ヴァルレイアの闇と私の闇がぶつかり合いました。そこに合わせてエメリア様が攻撃魔法を放ちます。


「ふぎぎぎぎっ」


「気合い入れなさい後輩ちゃん!」


 なんとか押し返した闇は、1体のヴァルレイアの首を消し飛ばしました。私の中に巨大な命が吸収されるのを感じます。こんな状況なのに、とてつもない美味しさに思考が鈍り、吸収した闇と魔力の強さに酷い酔い状態になったのです。


「ぐっう!?く…はぁっ…はぁっ…」


『小娘、その力まさか』『魔王様の』


「アンジェリカ!エメリア!出口に走れ!!」


 ジェイク様とゲイル様の二人がヴァルレイアに突撃して行きました。これは命をかけて時間を稼ぐつもりです。それを援護するようにゲン様が魔法で牽制していきます。


「若者にだけカッコつけさせて死ぬわけにはいかん。時間を稼ぐ!行け!」


「待ってください!?そんな!」


 残ろうとした私を、エメリア様は脇に抱えて駆け出したのです。返事もせず、振り向きもせず。


「そんな!?ダメですこんな!エメリア様!?」


「後輩ちゃん、これが冒険者なのよ。これが、生き残った私達がずっとやってきたこと。私達の先輩達も私達にやってきたこと。」


 しばらく駆け抜けていると、出口までまだ距離があるというのにスカルウォーリアが10体ほど押し寄せてきたのです。まだ転移魔法も封じられているようです。


「エメリア様…」


 詰みを察したのか、エメリア様は私をそっと降ろしたのです。先程の魔力の酔いも幾分か治りました。戦えるはず。


「貴女がなぜ闇の力を使うのかは聞かないですわ。生きて帰った後も聞かない。さ、走りなさいな」


「え…?」


「全部引きつける間に、前に走りなさい?」


 返事をする前に、エメリア様は魔法でスカルウォーリアを引きつけて別方向へ駆け出してしまったのです。今私ができるのは…エメリア様を死なせないこと!


「もふた!」


 しかし、先程まで出た闇が出てこないのです。


「そ、そんな!?なぜ!?なんでこんな時に!?」


 慌てて魔導書を開いても、反応がありません。それどころか、右腕が凄まじい痛みを起こしています。


「そん…な…」


 私は目の前で尊敬する人達を見殺しにすることになってしまう。絶望している中、かろうじてもふたが現れたのです。


「もふた!?もふた急いでエメリア様のところへ!」


 しかし、もふたは私を背中に担ぎ上げ出口へ駆け出して行くのです。


「ダメもふた!?ダメですこんなの!?」


 痛みを堪えて無理矢理にも命令しようとした途端、私の意識は途切れたのでした。

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