第10話「変異」

 馬車の不調で私達は半日は歩いて次の街へ向かうことになったのですが、その日の夕方まで歩いても馬車は合流することはありませんでした。


「おいおいおいおい。もう夕方だぞ。」


「これは野宿濃厚ですな。」


「嫌な予感ってなんで当たるんだろうね」


「ひとまず、草原の真ん中で野宿は危険なので川沿いに野営しますか?」


 私達は道を少しだけ外れて、草原の横を流れる川の近くに野営することにしました。


「金はあっても野宿はするもんなんだな。」


「食料は十分あるし、文句言わないの。ルーカスは枝でも探してきて。私は調理するから」


「では私は焚火を囲うための石を探してきますね」


「では我もアンジェリカに付き添う。重い石であれば手伝うからな」


 私とガイマンは川にそって大きめの石を集めていました。少し大きめの石もあり、手にもった時、私はコケで足を滑らせたのでした。


「わっとと」


 うまく体勢を整えて転ばずに済みました。しかし、右手に持った大きな石が、砕けたのです。


「え……?」


 落とさないように右手の平で抑えていた大きめの石が、砕け散ったのです。ガイマンは気づいていません。


「まさか…」


 私は足元に落ちている大きな石をグッと力を込めて握ると、がこんと軽々と割れたのです。


「石が…軽いわけじゃないよね…。ガイマンさん、あの…この石って握り潰せたり砕けたりしますか…?」


「ん?苦労するができなくはないぞ。むんっ…ぐぐ!」


 力自慢のガイマンさんが本気で石を握ると、やっと石は砕けたのでした。


「お、おお~…すごいですね!」


「ふぅ…なにゆえ砕いた石が必要なのだ?」


「あっ…えと、この石は粉にすると出血止めに使えるのです」


 咄嗟に出た嘘だった。


「ほう。さすがはアンジェリカ殿。教会で多くのことを学んだだけはある。我はそういう薬学はからっきしでな。」


「あ、はは…。集めてから行くので、ガイマンさんは先に石を持って行ってくれますか?」


「うむ。暗くなってきたから早めに戻るのだぞ」


 私はガイマンさんが先に戻ったことを確認し、もう一度間違いでないか大きな石をつかんだのです。


「ふっ!」


 がごん、と石は砕けたのでした。


「うそ…」


 私の両手は、すさまじい力が宿っていたのです。親指と人差し指でつまんだ石でさえ、砂のように粉々になったのです。


「これが闇の力の影響…?」


 その夜、私は全員が寝静まったころに離れた場所へ来て深淵竜の魔導書をめくりました。


「百の魔物の魂を己の力に…?」


 また1ページ読めるようになっていたのです。百の魔物は、きっと聖王都の森で食べたウルフ達。そして、もうすでに3ページ目も読めるのです。


「闇の渦で…命を吸い取る…?」


 私の頭の中に、どうすればいいのか呪文が流れてくるのです。月あかりで川に眠る魚が見えていました。


「命を…吸い取る」


 右手を向けた刹那、手のひらから闇があふれ出し川を覆っていくのです。


「ひぃ!?」


 覆った闇から私の腕に、心地よい物が流れてくるのです。私の身体の細胞一つひとつに流れてきたものがじんわりとしみ込んでいくような感覚。闇を手に戻すと、川には魚だけでなく様々な生き物が浮き上がっていたのです。


「全部…死んでいる…」


 私はなんてことをしたのでしょうか。聖職者であるのに、魔物でもない罪のない生き物を無暗に殺めてしまったのです…。


「あぁ…女神フォルテナ様…私はもう……」


 川に浮かんだ亡骸達に、私は精一杯祈りを捧げたのでした。

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