第二章「闇の力」

第6話「魔王の右腕」

 私達は、片目のアンデットドラゴンを討つことができました。死んでいった人達のために祈りを捧げ、報告書をまとめている時間のことです。


「あ、そうだ。アンデットドラゴンを討った証拠がいるな。こいつの眼を提出しよう。アンジェリカ、頼む。」


 私はまだ崩れていない眼を抜くために亡骸に近づいたその時。


「ぎっ」


「え?」


 浄化が甘かったのか、アンデットドラゴンはかろうじて生きていたようで、目が合ってしまいました。その刹那、私の心の中に何か黒いものが溢れてきたのです。そして弱々しい尻尾が最後の命を燃やして私を小突いたのです。といっても私の身体より何倍も大きい尻尾の質量に、吹き飛ばされたのでした。飛ばされた先は、急こう配の崖。


「わぁぁぁああ!?覚えてろこのぉおおおお!?」


「「「アンジェリカ!?」」」


「やばいやばいやばいやばい!」


 止まらない。なんとか私はあがきましたが、飛ぶ魔法もなければ道具も吹き飛んでいきます。杖でブレーキを…かけましたが折れて吹き飛んでいきました。相棒が…。もうだめかも。


 しかし、次の瞬間私は雪の塊に落ちたのでした。


「はぁっ…はぁ…。し、死ぬかと思った」


 体中に擦り傷や軽い打撲ができましたが、軽傷ですみました。かすかにみんなの顔が上に見えましたので、手を振って無事を伝えましたが。


「いたた…。ど、どうやって帰ろう…」


 なんとか止まった場所は、上に登る気にもならない急な崖。みんながばたばたと何か動いていたため、見捨てられはしないだろうと安心しました。

 そして目の前には崖に向かってぽっかりと横穴が開いた洞窟。


「緊急脱出の魔道具も落としたみたいだし、寒いし、ひとまず助けがくるまで中にいよう…」


 傷んだ右足首を庇いながら中へ進んでいくと、ぼんやりと薄紫に光る結晶が奥に向かってびっしりと生えています。なんだろう。


「見たことのない結晶…。」


 結晶に案内されるかのように進んでいくと、私は自分の目を疑いました。


 真っ黒な右腕用の籠手と、そこに通っていたであろう腕の骨…。それは聖王都からの依頼にもあったまゆつばな噂話の張本人。私の故郷の仇もの。


「ま……魔王の右腕…?ほ、本物?」


 明らかに異常な闇の魔力量。こんなものを片目のアンデットドラゴンが吸収していたらどんな化け物になっていたでしょうか。倒せてよかった。


「報告、しなきゃ。」


 私は籠手を引き抜くと、鳩尾付近が熱を持ち始めたのです。まるで力が湧いてくるような突然の熱に、驚きました。


「なにっ…これ!?」


 籠手と骨は私の身体から発せられる謎の熱に、まるで氷のように溶けていくのでした。そして離そうとしても離れず、ついには私の手の中へと入りこんできたのでした。


「ひぃ!?じょ、浄化!浄化!浄化!」


 必死に浄化魔法をかけますが、すぐにはじかれてしまいました。最後には、まるで入れ墨のように私の右腕に黒く深い模様が刻み込まれてしまったのです。


「ど…どうしよう。」


 それから私は無事に救助され、体力の回復を待って3日経ったあとのことです。私は聖王都にある病室から退院の準備をしていました。


「アンジェリカ、右足首と右腕の調子はどうだ?」


 ルーカスが心配そうに皆と迎えにきてくれました。


「あ、えと、足は全快ですが、腕はしばらくは打撲や軽い凍傷の影響で包帯を巻いておかないといけないようです。ご心配をおかけしました。」


 私は右腕の件は報告できませんでした。こんなことがばれたら、私はこの人達と冒険ができなくなってしまう。きっと殺されるか、右腕を切り落とされるか、研究材料にされてしまう。


「しかし我は肝を冷やしましたぞ。偶然柔らかい雪の塊がなければ、粉々になっていたでしょう」


「ちょっと怖いこと言わないでよ。ほんと無事でよかったわ」


「はは…私もダメかと思いました。」


「あ、そうそう。一応救助隊が折れた杖を回収してくれてたぞ。」


 ルーカスから手渡された杖は、真っ二つに折れていました。冒険に出た日から私を守ってくれていた、教会からもらった聖なる加護の杖…。ごめんね。


 せめて祈ってから処分しようと、手に持った瞬間でした。まるで私を拒絶するように弾けたのです。


「えっ…」


「あ~…やっぱり折れるとダメね。魔力が循環しないとこうなるのよ。新調しましょ。報酬もがっつりとあることだし。」


「そう…なんですね」


 私は魔力を込めたのでしょうか。違和感が右手に残っています。


「せっかくの聖王都だ。いい杖をみんなで探しにいこうぜ。アンジェリカが歩くリハビリにもなるしな」






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