第5話「バラン山脈へ」

 私達は聖王都の密命を受け、バラン山脈の魔王の右腕探しと、アンデットドラゴン討伐のために街を出たのです。


 時期的にはバランは雪が降る頃。アンデットドラゴンがいたとしても雪と氷で動きが鈍いであろうという丁度よい頃合い。


 バラン山脈までは馬車で1日かけ麓の村へ行き、天候を確認して徒歩で登頂するのが基本です。商業ギルドが使う山岳の路は許可証がなければ通れないため、この基本手段しかないのです。


南の出であるファスカは人一倍厚着をして震えていました。「ここまで寒いとは思わなかった」と苦笑いしています。日が落ちる前に麓の宿へ入ると、雪の中だというのに宿主が出迎えてくれました。


「ようこそ。今夜は豪勢な食事を準備しているよ。何故かは詳しく聞かないでくれ。あんたらと一緒だ。」


 なるほど、聖王都はずいぶんと手厚くしてくれる。察した私達はお言葉に甘え、英気を養うことにしました。


「ちょっとアンジェリカ!温泉あるって温泉!」


 宿の裏には温泉がありました。ほかに宿泊客はいないとのことで、リーダーのルーカスには内緒で一足先に私達は湯をいただくことにしました。


「ふぁ~…雪って初めて見たわ。ね、ずっと聞きそびれていたんだけれどなんで冒険者になろうと思ったの?教会ならそのまま卒業後も安全な場所で、修行者でいられたんじゃない?」


「私、生まれ故郷を魔王に滅ぼされたんです。生き残ったのは私だけ。それを拾ってくれたのは教会の神父様でした。神父様は元冒険者で、たくさんお話してくださったんです。それで、私も旅に出たいと。仇は先に勇者様が討ちましたけど、世界を見てみたくなったんです。」


「なるほどね。どう?冒険稼業は」


「辛いことも…多いです。」


「あはは!そうだよね。アンジェリカは私達より二つ若いからなおさら辛いよね。私もこんなに辛いことが多いとは思わなかった。私達が組んで何回目か忘れたけど、ジャイアントスライムの討伐覚えてる?」


「あはは、あれは笑い話ですね」


「そうそう。ガイマンがスライムに飲み込まれて…」


 こうしてじっくりとファスカと、同性と話し合うのは初めてだったのでなんだか楽しく思えました。こうして楽しく話しながら、辛い思いをしながら、冒険を続けていくんだろうなと。


「私ね、二つ下の妹がいたの。妹は魔王軍に攫われて行方不明になった。死体も見つからないから、食われたんだろうって。生きていたら、ちょうどアンジェリカと同じくらい。」


「そうだったんですね。お互い、無くしたものが大きいですね。」


「でも私は立ち止まらないわ。妹のためにも、死ぬまで生きるの。冒険者としてね」


 翌日、天候が安定したため私達は万全の装備で登頂を開始しました。


「最終チェック!緊急退避用の転移魔法装置は大丈夫か?」


「大丈夫です。試しに使いましたが、しっかり宿にワープできました。」


「耐寒装備も大丈夫だ。予備もある。」


「魔力供給用のポーションもオッケー。スケルトン召喚を防止する聖水もアンジェリカが用意したわ」


「万全!みんな、あのやろうをぶっ倒すぞ!」


 雪が降る時期は観光は禁止になるため、商業ギルドか冒険者しか訪れません。道もすぐに荒れてしまうため、ゆっくりじっくりと油断なく、アンデットドラゴンが目撃された場所まで登って行きます。


「雪は積もってるが凍らず解けずでよかった。粉雪じゃないから踏み込める。」


「いっそのことバラン山脈ごとファスカが焼いてしまえばよいのです」


「ガイマンごとやってやるわよばーか」


 冗談を交えつつ、中腹へきた頃。ここから先はもう商業ギルドも観光も行けない場所となります。そんな中、雪の中に山牛と呼ばれる大型の獣の死骸が食い散らかされていました。


「いるな。全員警戒。アンジェリカは転移魔法装置と聖水をいつでも使えるようにしてくれ」


 警戒しながら歩き進んでいくと、開けた場所にたどり着きました。そこには、肉片や骨が散らばっています。


「近い…」


 山に接するように転がる大岩の陰から、片目のアンデットドラゴンが現れました。山の生き物を貪り食ったのか傷は癒えています。


「出たな。おいてめえ!覚えてるか!?忘れたとは言わせねえ!」


 わざと大声を出して目線を誘導した隙に私とファスカは距離を取り、魔法詠唱とスケルトンの召喚防止を準備しました。その間にガイマンはすでにルーカスと共に戦闘を開始していました。


「グォアアアア!」


 アンデットドラゴンの右前足がルーカスに直撃する前に、ガイマンが盾で受けきったのです。戦いから、私達は技術も装備も鍛え上げてきたのです。特にガイマンは鎧騎士として血の滲むような、いえ、実際に血を流した過酷な修行を乗り越えているのです。


「ふむ。柔らかく生ぬるい!」


「いくぜ!」


 二人の剣撃は、見てるこちらがアンデットドラゴンを哀れに思うほど。そして無造作に暴れ始めた瞬間、魔力を感じた私はスケルトン召喚防止の聖水をアンデットドラゴンの真上にビンごと投げました。それに合わせてファスカが雷魔法で打ち抜き、全身にかけることができたのです。


「「成功!」」


 矢継ぎ早に今度はファスカがそのまま魔法を唱え終えました。


「炎の弾丸!」


 強力な魔法弾が直撃し、アンデットドラゴンは倒れこみました。


「アンジェリカ!とどめを!」


「はい!眠りなさい。」


 私はすぐさま浄化魔法をアンデットドラゴンへかけました。きっと戦いは10分程度だったでしょう。浄化され、ただの亡骸となったアンデットドラゴンを見つめ…私達は歓喜の声も晴れ晴れとした気もしませんでした。


「みんな…仇は討ったぜ。」

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