第4話「一部に」
私はアンデットドラゴンのコアを報告しようと思いました。これは非常に珍しく、親指の爪ほどしか大きさがないというのに、アンデットを無限に生み出す力の源とされているため、研究の対象となっています。しかしアンデットドラゴンが強力な魔物のため、無傷で入手できた例はないと聞いていました。
「綺麗…」
傷一つないコアに私の眼は奪われました。まるで吸い込まれるような…いや、吸い込んでいるような…。
「アンジェリカ、大丈夫か?」
「っ…。だ、大丈夫です。草原で亡くなった冒険者の皆さんは浄化と祈りが終わりました。街へ行きましょう」
咄嗟に私はコアを懐に隠してしまいました。コアを回収したことを、報告しなければ。
いや、まだその時ではないし優先順位が違う。傷ついた人を癒し、亡くなった人達に祈らなければ。
それから目が回るような時間を過ごし、気づけば真夜中。雨は上がり、窓から月が見え出ていて、自分のお腹の音が響きました。いつのまにか、皆とははぐれてしまったようで、私は遺体を収容した教会の広間に座っています。
「疲れた……。だめだめ!皆も疲れているんだから」
立ち上がった時、懐に入れていたアンデットドラゴンのコアが転がり落ちました。
「わ!?割れてない…よかった」
よかった…?研究対象が壊れなくて安心した…という感情ではない別の安心感に、自分の気持ちに違和感を覚えました。月に透かして見ると、まるで紫の宝石です。とても力強くて美しい。
「どんな…味がするのかな…」
私はぼんやりと見とれたまま…興味本位にゆっくりとそれを口に入れたのです。味は無く、冷たくて、つるりとして、ごくりと私の中に入っていきました。
「はぁ…おいしい…?じゃない!?ののののの飲んじゃった!?」
吐き出そうとしますが、胃がそれを拒むように嘔吐感すら拒否するのです。
「ど…どうしよう。飲んだなんて研究報告は見たことないし…。と、とりあえず自分に浄化魔法かけておこう…」
それから一晩抗争の後処理に走りましたが、健康的な影響は無く、身体から排出されるのを待つことにしました。
3日すぎても、排出されませんでした。
そのまま街の復興を進めつつ、半年が過ぎた頃。私達は修行を積みつつ、次の冒険の話をするまで気持ちを切り替えられるようになってきました。もう、あのような悲劇は繰り返さないためにも。
私はその頃にはすっかりとコアのことは忘れ去っていました。もう見なかったことにしよう、と。
「なぁ、北のほうにあるバラン山脈の噂聞いたか?」
通い詰めている飲み屋さんで、ルーカスがうきうきと話してきました。しかし、私も含めてみんな反応はいまいち。
「あぁ、
「そうそう。勇者がぶった切った魔王の右腕が眠っているとかいうあれでしょ?たしかに魔王城は北にあったけど、最後に魔王が討たれたのは北と南の魔王城と聖王都の中間地点。通称”最後の草原”でしょ?あははっ!どんだけ右腕吹っ飛ばされたのよ!」
「私もただのガセネタかと…。それにバラン山脈は10年の間に一部は登山道ができるほどの観光地ですし…。実は教会卒業前に休暇をもらった時に、山脈にあるクリスタルの収集に行きましたが、そんな禍々しい気配は…。」
「ちっちっち…。実は半年前のアンデットドラゴンの生き残り…バラン山脈に逃げていたらしい。どうも魔王の右腕を吸収するためらしいんだ。バラン山脈の登山道とは別にある商業ギルド用の搬送路で、片目のアンデットドラゴンが山脈を何か探すように飛ぶ姿を見たらしい。」
片目のアンデットドラゴン。半年前の襲撃の際、とある冒険者が決死の覚悟でアンデットドラゴンの一体の片目を切り裂いたと報告がありました。そして私は、コアを飲んでしまったことを思い出して冷や汗をかきました。
大丈夫…。何も影響は出てない。消化してしまったんだきっと。
そう思い込ませて、無理に忘れました。
「ほう。ならば行かねば。魔王の右腕を探すというより、我らが飲まされた煮え湯をかけ返す機会。」
「そうね。今度こそ焼き殺してやるわ」
「そして本題だ。実は俺達にはその件で内密での探索依頼がきた。しかも聖王都から直々に。成功報酬は…金貨70枚だ。」
「「「ななじゅう!?」」」
金貨は1枚で1か月豪遊してもおつりがきます。つまりこれは…
「魔王の右腕、まじかもしれないってことですね…?」
「まぁそれはおまけだ。アンデットドラゴンの討伐だけなら金貨10枚。撃退なら5枚だそうだ。当然あのやろうを逃がすつもりはない。お前ら、やろうぜ。」
ルーカスがお酒のジョッキ4つをテーブルにごつんと置きました。
「俺達の使命と」
「死んでいった仲間達の魂の安らぎと」
「受けた屈辱と」
「女神フォルテナ様の名のもとに鉄槌を」
「「「「乾杯!」」」」
こうして私達は魔王の右腕探しをおまけに、アンデットドラゴンへ雪辱をはらす冒険へ出るのです。これがきっと、私が引き返す最後のチャンスだったのかもしれません。
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