第7話「綻び」

 アンデットドラゴンの討伐報酬を受け取った私達は、しばらく聖王都で一息つくことにしました。私の折れた杖の代わりを探すため、一人で街を歩いていました。街は勇者が拠点としていただけはあり、とても美しい街並みです。


「ん…?なんだろう」


 そんな街の路地裏から、妙な気配がするのです。気配に誘われるまま、人の気配が薄いる路地を歩いていくと、古びた錆びだらけの扉がありました。


「ここ…から?」


 開くと、なぜか今度は扉の下に石階段があり、そのまま降りていきました。私を呼んでいる…?いや、私が呼んでいる…?


 しばらく階段を降りていくと今度は錆びついた螺旋階段、下には琥珀の扉。


 扉を開くと、小さな書斎のような小部屋でした。


「いらっしゃい。おや…聖職者の客なんて何百年ぶりだろうね」


 骨で作られた椅子に座っているのはフードを被っていて顔は見えませんが、店主のようでした。男か女かわからない不思議な声です。


「お…お邪魔します。あの、お店なんですか?」


「ああ、ここはいにしえの魔導書や呪具じゅぐを取り扱っているのさ。何かお探しなんだろう?探している者しか、ここにはたどり着かない。」


「探し物…って。あっ、聖職者用の杖とか…」


「ないね」


「聖王都特産の聖水とか…」


「ないね。あんたの本心から望むものしか。誰にも言わんから、言葉にしてごらん。」


「の…呪いを解く魔導書とか…」


「たとえば…?」


「この右腕の浄化とか…」


 右腕の包帯を解くと、店主が息をのむ音が聞こえました。今まで気づかなかったのですが、模様が仄かに紫色に光っています。


「あんた…魔王様の力を取り込んでいるのかい」


「山で偶然見つけて、勝手に取り込んでしまったんです…。日常では問題ないのですが、妙な気配や闇の気配に敏感になってきているようで…」


 しばらく店主はうーんと唸ると、一冊の小さな古びた魔導書を棚から取り出しました。


「右手でそっと…触れてごらん」


 そっと表紙に触れてみると、今まで仄かに光るだけだった模様から闇があふれ出したのです。


「キャア!?」


 魔導書から手を放すと、闇は私の中へと戻っていくのです。


「な…なんですかこれはっ……。私はいったい…」


 聖職者である私の中から闇が溢れてくるという事実に、思考が真っ白になりました。


「闇を操れている…。あんた、他にも何か取り込まなかったかい。」


「籠手と…骨と…あっ、アンデットドラゴンの純粋なコア…」


「なに…?そうかい…」


 私が腰を抜かしているあいだに店主はおもむろに様々な古書を集め、しばらくすると私を抱き起してくれました。順序逆なのでは…。


「ふぅ…。あんた、もう純粋な聖職者の道はあきらめな。純粋なアンデットドラゴンのコアを取り込んだ人間がいるという報告はこれまでに無い。魔王様の力もね。」


「そ、そんな!?私はどうなってしまうんですか!?」


「記録も報告もないのだからわからんよ。でも、でもね。あんたが何かを強く望んでいるから、闇は従っているようだ。そうでなければ、とっくに身も心も闇に飲み込まれているのだから。」


「私が…望んでいる…」


 今まで思考の裏に隠していた本心。でも…私は強く望んでいたのだろうか。強くなり、みんなを守りたい。


 力が欲しい。


「さっき触れたこの魔導書は、”深淵竜の魔導書”といってね。歴史書にも残らない遥か昔に書かれたという。表紙には深淵に住まうと云われる闇の竜が二頭描かれているだけで、文字は解読できていない。」


「深淵竜…」


「この魔導書、持っていきなさい。きっと、役に立つはずさ。」


 私は店主から恐る恐る魔導書を受け取ると、今度は闇は溢れませんでした。この闇の魔導書が、私の願いを叶えてくれる…?聖職者なのだから、ありえない。ありえない。ありえてはいけない。


「自分の願いに嘘を縫ってはいけないよ。あぁ…あと私のお古だがこの杖も持っておいき。」


「あ…ありがとうございます。そういえば…お代は?」


「金貨2枚」


 そこはお金取るんだ…。しかもアンデットドラゴンの討伐報酬がなければ手が出ない金額でした。


 何かあれば焼いてしまえばいいのだから、購入してしまおう。そう、こんな本ごときに何かできるわけがない。


 そう自分に言い聞かせ、お店を出ると街の大通りでした。出てきたはずの扉も、歩いていたはずの路地も、見当たりません。夢や幻覚ではないと、私の持つ杖と懐に隠した魔導書の厚みが答えていました。


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